日本の「安全神話」は崩壊しつつある

日本で相次ぐ凶悪な事件に共通するのは、近年のSNSやネット情報の急拡大だ。

手製の銃器や爆発物は、その気になれば、ホームセンターやネット通販で入手した材料で簡単に作れる。資産家の個人情報も、以前に比べずっと入手しやすくなっている。犯行の指示は、スマホさえあれば海外からでも簡単だ。昭和の高度成長期に形作られ、平成、令和と引き継がれてきたはずの「安全神話」は、目に見えて錆びついてきた。

それにも拘らず、社会全体の構えは、ほとんど変わっていない。日本社会の強さの象徴だった安全・安心は、成功体験のぬるま湯に浸かっているうちに、少しずつだが、確実に根腐れしつつある。

安倍元首相暗殺事件の後、首相や閣僚、首相経験者ら要人の遊説については、警察庁が直接、警備計画を管理していた。以前に比べれば、警護体制は強化しているようにみえたが、それでも、事件は起きた。

会場で手荷物検査は行われず、パイプ爆弾をバッグに隠し持った若い男が易々と群衆に紛れ込み、首相からわずか10メートルの距離まで近づいていた。現場で木村容疑者を取り押さえた地元漁民の一人は「みんな手ぶらで来ているのに、あんな大きなバッグを背負った人間は場違いだった」と証言している。一般人が違和感を覚えていたのに、木村容疑者は、事前に警察官や関係者に誰何すいかされることもなかった。

警護計画に不備はあったが、事前審査で指摘できなかった

もし、爆発物が地面に落下した直後に爆発していたら、首相の生命に危険が及ぶ可能性もあった。幸い、爆発までに時間があったが、現場の映像では、首相の足元に爆発物が落ちた直後、SPの一人が足で蹴っている。これは、欧米の要人警護の常識からみれば、危険の大きい動作だ。

爆発物が、これに誘発されて爆発する可能性もあった。現職の首相や一般市民をこれほどの危険に晒したことは、警察にとっても、選挙関係者にとっても、大失態だった。事件後、県警は容疑者宅から鋼管のようなものや工具類、粉末を押収したが、粉末の鑑定で、黒色火薬の主成分が含まれていたことを確認し、容疑者が自作したとの見方を強めたという。

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日本経済新聞によると、2023年6月1日に警察庁が公表した事件に関する報告書は、次のように指摘している。和歌山県警と主催者側との侵入防止策の調整が不十分で警護計画の内容に不備があったが、警察庁も事前審査で指摘できなかった――。なぜ、こんなことになったのだろう。

安倍元首相の事件を含め、現行犯逮捕された容疑者について、マスコミは、家庭環境や政治的背景を大きく報じた。しかし、優先すべきは、これまで安全・安心が当たり前と思われていた日本社会の治安状況の再点検ではないか。