栄さんは2年前に亡くなったご主人と、人生の大半をこの物件に過ごしてきました。間取りは、最近では少なくなった2K。6畳の畳部屋と4畳半の板間、古い流しがつき、その横に玄関扉があります。トイレと風呂場は分かれていましたが、浴槽は小さく今時見かけることが珍しくなったバランス釜。典型的な昭和の時代のアパートでした。

家賃は共益費を入れて4万1000円。この半年ほど払いが遅れ気味で、滞納額は15万円を超えていました。預貯金が底をつき、年金だけでは払っていけなくなったのでしょう。

呼び鈴を鳴らすと、室内から人が動く気配がします。ようやくドアがゆっくりと開き、私は栄さんと対面することができました。栄さんは70代後半ですが、身なりを構っていないからなのかもっと老けて見えます。足が悪いようで、膝を押さえながら体を支えていました。

そのまま目線を下げると、床はゴミで埋め尽くされています。

「お家賃のことで家主さんから依頼を受けて来ました」

私のその言葉に栄さんは観念した表情で、室内に招き入れました。

ただ「死」を待つだけの老婆

話をするために室内に上がったものの、飲み終わったペットボトルなどのゴミや物が床に置かれ、すり足で除けるようにしないと前に進めません。膝下まで積まれている所もありました。全部退けたら、害虫の死骸もありそうです。不衛生極まりない状態でした。

「どうぞ座って」と指さされた場所も、洋服等を退けなければ腰を下ろすこともできませんでした。流しには使った鍋やフライパンがそのまま置かれ、料理もろくにされていない様子。ご主人を亡くされ、まさにセルフネグレクトです。洋服も頻繁に洗濯している様子はなく、人付き合いもなさそうでした。

「払ってないのも申し訳ないけど、お金ないし身動きできなくて」

そう小さな声で呟く栄さんは、完全に福祉の手からも漏れ、孤立している状態なのでしょう。想像していた通り、行政に助けを求めることもなく、栄さんには福祉の知識もありません。払えないから好きにしてくださいと、投げやりとはちょっと違う、諦めというか「死」だけを待ち望んでいる、そんな印象でした。

写真=iStock.com/DONOT6
※写真はイメージです

50年以上前の賃貸借契約には、栄さんの弟さんの名が連帯保証人として書かれていました。親族との付き合いを尋ねても、誰とも関わりはないと言います。栄さんはなぜ弟が連帯保証人として書かれているのか、覚えていないようでした。

もしかしたら栄さんが勝手に書いたかもしれません。大昔のこと、真相は誰にもわかりません。ただ更新ごとに契約書も書き換えてもおらず、唯一の手掛かりはこの情報だけでした。

連帯保証人の弟を探すことに

頼みの綱は、連帯保証人。職務上請求で戸籍から辿っていくと、幸運にも弟の野中栄吾(62歳、仮名)さんにたどり着くことができました。そしてさらにラッキーなのが、栄吾さんは栄さんのアパートから車で20分ほどの場所に住んでいます。栄吾さんがどのような反応をされるのか分からなかったので、まずは手紙でコンタクトを取ってみました。