すると届いてすぐに、栄吾さんから電話がかかってきました。栄吾さんはこう教えてくれました。

もともと6人きょうだいだが、他の4人は戦争や病気で亡くなった。年が離れているので、自分は姉の記憶もほとんどない。親が反対する人と姉が結婚したので、それ以来家族は姉と交流せずにきたと思う。兄弟たちが亡くなった折に姉に連絡したかったが、戸籍を辿れず探し出すことはできなかった。こういう形であれ、姉と会えるなら嬉しい。契約書の件は、兄たちは結婚に反対したので連帯保証人と書けず、当時小さかった自分を勝手に書いたのでは? と思う。姉に会いたい――。

きょうだいとはいえ相続などで事情がなければ、直系以外の戸籍を取得することは難しく、栄吾さんの心の中には姉の栄さんのことは解決できていない問題のように重くのしかかっていたのでしょう。電話の声は本当に嬉しそうで、早く会いたいという思いが伝わってきました。栄さんが家賃を滞納していること、自宅がゴミ屋敷になっていることを伝えても、栄吾さんは怯みません。「早く何とかしてあげたい」といった印象を受けました。

50年以上経過して再会したきょうだい

最初に私が栄さんと会ってから、3週間ほど経ったでしょうか。栄吾さんと私は、栄さんの元に訪れました。前回よりもさらに栄さんは弱っていて、呼び鈴を押してからかなりの時間をかけないとドアまで辿り着けないようでした。やっと開いたドアから見えた栄さんは、顔色も優れず少し痩せたような印象です。

栄さんは栄吾さんの顔を見ても、弟とは気づかなかったようです。それもそのはず、別れた当時5歳くらいだった栄吾さん。今の中高年の男性を、想像もできなかったのでしょう。

「お姉さん、大変だったね。栄吾だよ」

そう声をかけると、栄さんはさっきまでぼんやりとした顔つきだったのに急にしっかりとした表情になりました。

「こんな部屋見られたくないわ」

急にバツが悪そうな顔で、オロオロしています。

大丈夫だからと何度も伝え、私たちは室内に入りました。室内は確実に前回よりも荒れていました。布団と座るところ以外、ほとんどゴミで覆い尽くされています。栄さんは恥ずかしいのか、ずっと下をむいたままです。

「姉さん、僕の家の近くに部屋を借りるから、そっちに越さないか?」

これ以上ない優しい申し入れに、栄さんは首を縦には振りません。その理由は、結婚当初から住んだこの部屋には、ご主人との思い出が詰まっているから。家族の反対を押し切って結婚したけれど、栄さんはとても幸せだったのでしょう。お金がないながらも心豊かに暮らしてきた姉のことを知り、栄吾さんもホッとしたようでした。

料理をする女性
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