ホテルにある電話機の使い方もまったくわからない

専門学校で講師をしていた人から聞いた話でびっくりしたことがあります。

その学校ではビジネスマナーの一環で、電話の取り次ぎの授業がありました。オフィスにあるような固定電話が置いてあり、講師が取り次ぎのしかたなどをレクチャーしたあと、「それでは私はこれから職員室に戻るので、私のところに電話をかけてきてください」と伝えたそうです。

そして職員室に戻ったのですが、待てど暮らせど、誰からも電話がかかってきません。どうしたのかと思い、教室に戻ってみると、学生たちが途方にくれて待っていました。

「先生、電話のかけ方がわかりません」

固定電話をさわったこともない学生たちは、受話器を取って、内線の番号を押すという当たり前すぎる動作すらわからなかったのです。

そういえば、ホテルに泊まったとき、若い人たちは室内に置いてある電話にはいっさいさわらないという話を聞いたことがあります。モーニングコールなどだいたいのことは自分のスマホで用が足りてしまいますし、ルームサービスは頼まない。万一、タオルなど備品が足りなくても、我慢するのだそうです。なぜかというと、ホテルの人とかかわるのが面倒くさいから。

そのうちホテルの電話は部屋の装飾品の一部になってしまうかもしれません。

顔が見えないからこそ、攻撃的になりやすい

不慣れな電話応対でクレームが来たり、上司から叱責を受けたり、モンスターカスタマーに当たってしまうと、電話がこわくて出られなくなることがあります。

仕事上での失敗の経験は誰にでもあるものですが、電話にまつわる失敗がトラウマにまで発展してしまうのは、相手の顔が見えない電話の特殊性にあるでしょう。というのも、顔が見えないと攻撃性がエスカレートすることがあるからです。

大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)

以前、私が電話相談の仕事をしていたときは、電話で暴言を吐かれたことが何度もありました。対面ではそういうことがないのに、顔が見えない電話だと、とたんに攻撃性が増すのです。相手の電話の声が小さくて聞き取れず「もしもし」と呼びかけたら、「もしもしと言うな!」と怒鳴られたことがありますし、「おまえは仕事があっていいよな」と散々嫌味を言われたり、不意に脅迫じみた言動を浴びせられることもありました。

電話相談員は原則として、こちらから電話を切れないので、不満のはけ口に使うにはいいカモになります。電化製品のサポートセンターにいる相談員に聞いた話だと、何時間もクレームを言いつづける人や、「この商品の説明をしろ」と取扱説明書の1ページ目から全部読ませて、黙って切る人もいるそうです。

まともに相手にしていると、本当にトラウマになってしまうので、電話相談を請け負う会社では、相手に問題があるとわかると、以後その電話には出なかったり、別の人が応対したりするといったマニュアルがあります。

プロであってもやり方を心得ていないと、心に傷を負うのですから、ましてや電話に慣れていない人が、顔が見えない電話の相手から罵倒され叱られると、トラウマになり、電話が取れなくなってしまうことは十分考えられます。

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