「胸の中に目がある」肺がん手術VATSとは

呼吸器外科医の河野匡氏(新東京病院・副院長)は、VATSの第一人者として知られ、約4000件の肺がん手術を行ってきた。

撮影=福寺美樹
【画像2】肺がん手術VATSの第一人者である河野匡氏

河野医師によるVATSの一部始終を取材したが、驚きの連続だった。

患者は40年の喫煙歴がある男性で、持病(肺気腫)の検査時に、偶然約2cmの肺がんが見つかったという。VATSは、胸部に約1cm程度の穴を3カ所開けてビデオカメラの内視鏡と手術器具を入れ、モニター画面を見ながら手術を行う。

手術を進める中で、河野医師が解説してくれた。

「この患者は肺と胸膜の癒着がひどいので、これを剝がす必要があります。VATSは『患者の胸の中に目がある』イメージです。モニターの映像を拡大することも可能なので、安全に癒着を剝がすことができます。肉眼で見る開胸手術よりこの点は有利です」

肺がんは、リンパ節を通って全身に転移するケースが多いので、河野医師は先にリンパ節を取り除いた。そして「がん」がある右肺の下葉部分を切除。それをビニールパックに入れて、小さな穴から体外に取り出した。切除した肺は手の平ほどもある。

6時間後に食事を取れるほど患者の負担が少ない

手術は2時間40分で終了。出血もほとんどない。河野医師は切除した右肺の一部分を指差した。

「この少し盛り上がっている部分が“がん”です。癒着もあって難易度が高い手術でしたが、無事に終了しました。後で患者さんの病室に一緒に行きましょう」

患者の病室に同行すると、ちょうど夕食を取っていた。手術終了から6時間しか経過していない。回復の早さと、痛みなどの後遺症が少ないことが、VATSの特徴なのだ。

手術から6日後、患者は元気な足取りで退院していった。

多くの肺がん患者の命を救ってきた河野医師は、胸部X線検査に懐疑的だ。

「肺がんは転移しないうちに早期発見して手術することが、一番のポイントですが、胸部X線検査で早期の肺がんが見つかった、という人は非常に少ない。別の疾患などでCT検査を受け、偶然発見されるケースのほうが圧倒的に多いのです。

今日外来に来られた患者は、2月に受けた健康診断で『異常なし』とされ、9月に別の疾患でCTを撮ったら、肺に5cmのがんが見つかりました。これはX線検査の見逃しだったと思います」