専門家の意見はことごとく無視された

川勝知事の宣言直後、2019年10月4日の地質構造・水資源専門部会で、山梨県への湧水流出をテーマに議論が行われた。

この専門部会に、地質構造・水資源部会(組織上は専門部会の上位にある)の安井成豊委員(トンネル工学)がアドバイザーとして出席した。

安井委員は「トンネル工学では湧水流出をゼロにはできない」と述べた上で、「人命を尊重して安全に施工するのか、水一滴を県外に流出させないのかをまず、決めるべきだ」と提言した。

当時の専門部会は、山梨県からの上向き掘削ではなく、静岡県側からの下向き掘削ができないかどうか議論していた。

JR東海は、工事中の作業員の生命の安全を優先して、山梨県から上向き掘削を選び、湧水の県外流出は避けられないと説明していた。

このため、安井委員は「水一滴の県外流出を止めることはできない」と強調した。しかし、その後、専門部会は安井委員の発言を一切、無視してしまった。

何よりも、マスメディアの記者は安井委員の発言をちゃんと理解できていなかった。静岡県がリニア問題でさまざまな「印象操作」を行い、事実歪曲を行ったことも影響している。

「県の主張」ばかりを垂れ流すマスコミ

この日の会議をきっかけにして、国交省は2020年4月、新たに有識者会議を設置した。

その1年半後、2021年12月19日、国の有識者会議は中間報告(結論)を発表した。以下の2点が主な結論だった。

① トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される
② トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は、極めて小さい。

ところが、翌日の新聞各紙は「湧水全量戻し 示さず」(中日新聞)、「全量戻し 方法示さず」(静岡新聞)、「水『全量戻し』議論残る」(朝日新聞)などの大見出しで、中間報告への疑問を投げ掛けた。

すべての紙面が、静岡県の「湧水全量戻し」の主張をそのまま採用して、肝心の有識者会議の結論をちゃんと取り上げなかった。

有識者会議の「大井川下流域に水環境の影響はない」とする結論にもかかわらず、新聞各紙は「全量戻しの方法示さず」などと競って報道した。

これらの新聞報道を踏まえ、川勝知事は「実質は毎秒2トンの水が失われる、と(JR東海は)言っていた。毎秒2トンの水は60万人の水道水の量」などと述べた。

これでは、JR東海がトンネル湧水毎秒2トンの「全量戻しの方法」を示さなかったと聞き手は捉えてしまうだろう。

川勝知事の「全量戻し」の主張を記者たちは正確に理解できていなかった。ただ単に川勝知事及び県当局の発表を鵜呑みにして、そのまま記事にしていた。