「湧水を全て戻せ」という無理難題を突き付けたのが発端

南アルプスの地下約400メートルを貫通するリニアトンネル工事は、山梨工区から上り勾配で静岡工区に入り、静岡工区から長野工区へは下り勾配となる。

写真提供=JR東海
南アルプストンネルの路線図

山梨工区、長野工区ともその勾配の関係で、それぞれ約1キロ区間は静岡県内に入り込んでいる。

つまり、リニアトンネルは静岡県内を約10.7キロ貫通するが、静岡工区は約8.9キロ区間と短くなっている。

まずJR東海は、静岡工区のトンネル工事で、何らかの対策をしなければ、大井川水系の毎秒2トンの湧水が山梨、長野の両県側に流出してしまう試算を公表した。

この毎秒2トンの予測に対して、静岡県は「減少のメカニズムをわかりやすく説明するとともに(中略)トンネル内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める」などとする知事意見書をJR東海に送付した。

知事意見書には「工事中のみならず、供用後についても大井川の流量を減少させないための環境保全措置を講ずること」「トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題がないことを確認した上で全て現位置付近に戻すこと」が盛り込んだ。

どう考えても、「工事中、工事後に発生する湧水を全て現位置付近に戻すこと」などできるはずもない。

しかし、この「静岡県内に発生した湧水を全て原位置付近に戻すこと」の文言がその後の「水一滴の全量戻し」を求める根拠としまったのだ。

JR東海社長の「全量戻し」発言に味を占めた静岡県

このあと、川勝知事は大井川流域10市町長らを味方につけて、毎秒2トン減少に対する「湧水の全量戻し」をJR東海に強く求めた。

2018年10月になって、金子慎・JR東海社長(当時)は「原則として湧水全量を戻す」と表明した。

写真提供=JR東海
川勝知事と金子社長

金子社長は、会見で「リニア工事の基本合意に向けて話が進まないので、利水者の理解を得たいと方向転換した。河川流量の影響を特定し、回避できる方策があるならそれでもということだったが、そんな回避策はなかった。大井川流域の問題を解決しようとした中で出てきた方策」などと説明した。

この金子社長の「全量戻し」の表明を逆手に取って、静岡県はトンデモない主張を始めることになった。