全力で動いた末に掴んだ副社長のポジション

2023年秋、日本企業の米国現地法人の副社長に転職して2年目の山里潤やまざとじゅんさん(仮名、56歳)は、オンライン会議システムを活用して行ったインタビューで、意気揚々としてこう話し始めた。

「たまたま、長年経験を積んだ業界の需要があったり、人付き合いが得意だから貴重な人脈を持っていたり……50代半ばでの『ラッキーチャンス』をものにできた要因は複数あると思いますが、やはり一番は見ての通り、この持ち前のバイタリティとチャレンジ精神じゃないでしょうか。あっ、はは……自分で大いに自慢するのも変ですが……全力で一生懸命に頑張って、やっと手にしたんだから、言っちゃっていいですよね。はっ、はっ、ははは……」

弾けんばかりの笑顔と豪快な笑い声。ノートパソコンいっぱいに映った彼の顔が、今にもこちらに飛び出てきそうな勢いだった。

十数年に及ぶ取材では、企業のリストラや希薄化する職場のコミュニケーション、部下をやる気にさせる「上司力」など、さまざまな労働に関するテーマ・問題で話を聞いてきた。その終盤で、まさに山里さん自身が語った持ち味が思う存分に発揮されたのが、役職定年を約1年後に控えた54歳での前職の辞職、そして8カ月の求職活動の末、55歳で手にした「ラッキーチャンス」という現職への転職だった。

ノウハウよりもバイタリティが重要

「30年余りも勤めた前の会社では、周りからは『熱血部長』って、褒められて……あっ、いや、皮肉られていたのかもしれませんが、はっ、ははは……。とにかく熱い部長として見られて、僕自身もそれに応えるように頑張って、実績も上げていましたからね。僕を大きく成長させてくれた会社への感謝も込めて、そのイメージのまま、役職定年を迎える前に潔く、退きたかった。

本来は転職先が決まってからの退職が理想ではありましたけれど、実際には難しくて……。もちろん、辞める数年前、50手前から再出発の準備はしていたんですけど、それでも足りなかったですね。ホント、思いもよらない、いろんな経験をさせてもらいました。すべてが今、身になっていると思っています」

この語りの終盤で満面の笑みから一変、わずかの間、眉根を寄せて真剣な表情を見せた。長期間に及ぶインタビューで、自分から「つらい」「苦しい」という言葉を口にしたことは一度もない。が、「ラッキーチャンス」を獲得するまでには数々の苦難も体験した。それだからこそ、転職がうまくいった理由について、具体的なノウハウよりも、「バイタリティ」と「チャレンジ精神」を挙げたのではないだろうか。

50代半ばでの転職を考える動機ともなった、40代前半の職場での苦い経験まで遡り、仕事に対する姿勢や転職までの道のりをたどりながら、その成功の秘訣を探ってみたい。

写真=iStock.com/metamorworks
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