“香り”は40万種類以上の物質の組み合わせ

皆さんは、日常生活で多くの香りを感じていますが、同じ香り物質でも濃度によって香りの感じ方が変わるということを知っていますか? 味の場合には、濃度が多少変わっても、異なる味として感じることはほとんどありません。

食べ物のおいしさを決めるうえで、味と香りはたいへん重要です。これらを感じるための感覚が、味覚と嗅覚きゅうかくです。このうち、味覚で感じる味は5つしかなく、独立した感覚(基本味)が存在しています。

また、1個の味細胞みさいぼうには、1つの基本味の物質だけが結合する味覚受容体たんぱく質が存在し、1対1の対応で、5つの基本味を脳に伝えています(図表2)。

一方、香りには、基本味のように独立した感覚(基本香)はなく、40万種類以上ある香り物質の組み合わせで、いろいろな香りが作り出されています。

牛肉で880種類、豚肉で361種類、鶏肉で468種類、羊肉で271種類の香り物質が検出されています。ワインでは600~800種類の香り物質があり、焙煎コーヒーでは800種類以上の香り物質が知られています。

人では、これらの香り物質が結合する嗅覚受容体たんぱく質が396種類存在します。

嗅覚受容体たんぱく質は、味覚受容体たんぱく質と違って、香り物質の濃度がうすくなると、香り物質が結合できる嗅覚受容体たんぱく質の数が減ってしまう(図表3)ので、濃度が濃い場合に感じている香りとはまったく異なる質の香りとして感じてしまいます。

「糞」と「ジャスミン」は香り成分が同じ?

たとえば、ジメチルサルファイドと呼ばれる物質は、濃ければ磯の香りと感じますが、うすくなるとストロベリージャムやコンデンスミルクのような香りに感じられます(図表4)。また、口腔こうくうでは口臭の原因ともなります。

インドールは、濃度が濃いと糞臭ふんしゅうのようないやなにおいですが、うすくすると花を思わせる甘い香りとなります。ジャスミンの花の香り物質には、ごく少量のインドールが含まれており、ジャスミンの特徴を出すためにたいへん重要な役割を果たしています。

スカトールは、濃度が濃いとインドールと同様に、糞臭のようないやなにおいですが、うすくすると清涼感のある香りに感じられますので、香水にも加えられています。

このように、香りは、濃度の違いによって、同じ物質でもまったく異なる香りとして感じられてしまうのです。

また、濃い香り物質を使用すれば、うすい香り物質による感覚を消すことができます。これがマスキングと呼ばれる効果です。

料理では、食べ物の本来のいやなにおいを消すために、香りの強い香辛料を使用することがあります。香辛料の香りが強いほど、その物質が多くの嗅覚受容体たんぱく質に結合するので、その香りが優勢になり、相対的に弱い香りを消すことができるのです。

ジビエ料理は、一般の人にはなじみがないので、初めて食べる人には、香りの強い香辛料を使用してジビエ肉独特のにおいを消して提供しますが、ジビエ料理が好きな人には、香辛料は使用せず、ジビエ肉独特の香りを楽しんでもらうように調理します。

香りは味と違って、複雑な感覚現象が起こります。そのことを理解すると、香りへの興味がもっと強くなるのではないでしょうか。