「油脂」があるとなぜおいしいのか
カレー、シチュー、豚骨ラーメン、黒毛和牛のステーキ、チョコレートがおいしい理由の一つは「油脂が含まれていること」です。油脂は液体状の「油」と固体状の「脂肪」を合わせた総称です。油脂があるとなぜおいしいのか、それには多くの理由があります。
食べ物によって違いますが、黒毛和牛のステーキの場合は、脂肪によって、やわらかくてジューシーになることがおいしく感じる理由です。
ステーキを焼くと赤身の部分はたいへんかたくなりますが、脂肪の部分は焼いてもかたくならず、簡単に嚙み切れるので、脂肪交雑(サシ)の多い黒毛和牛の肉はやわらかく感じます。
また、黒毛和牛肉の脂肪は、それ以外の国産牛肉の脂肪と違って融点が低いので、嚙んだときに脂肪細胞が破れて、液体状の油が口腔内に水のように広がるので、ジューシーに感じられます。
黒毛和牛で5等級の肉は、脂肪交雑が豊富で脂肪含量が50%を超えるものがあります。この肉は焼いても一嚙み、二嚙みで飲み込めるくらいやわらかい状態です。
皆さんは、購入したばかりのサラダ油をなめたことはありますか。純粋な油脂は、本来、味や香りはありません。
しかし、古くなった油脂には、いやなにおいがあります。これは、油脂の一部が空気中の酸素によって酸化され、別の物質に変化してしまったからです。
油脂そのものは“無味無臭”
油脂が変化する現象は、酵素や微生物によっても起こります。
きゅうりの青臭い香りは、きゅうりの油脂の一部が酵素によって青葉アルコールやキュウリアルコールに変化するために生じます。ナチュラルチーズでは、微生物によって、油脂の一部が別の物質に変化し、そのチーズの特徴的な香りを作り出しています。
油脂は新鮮だと香りがまったくないため、なにを食べているかわかりません。私が三崎漁港に新鮮なマグロを食べに行ったとき、おすし屋さんのご主人がとれたてのマグロを出してくれましたが、新鮮すぎてマグロの香りがまったくしませんでした。
食べ物に含まれている油脂も、少し変化することで、その食材の特徴を教えてくれる香りが生まれ、その食べ物のおいしさにつながるのです。
近ごろ、おいしさにつながる油脂の新しい働きがわかってきました。油脂が食べ物の味物質や特徴的な香り物質を吸着することです。
子どものころ、すき焼きをしたとき、わが家では最初になべに引いた牛脂は食べ終わるまでなべの中に残していました。最後まで残った牛脂は、嚙むと、これに吸着されていた物質により、「すき焼きのだしの味や香り」が口腔内に広がって、とてもおいしかったことを覚えています。
なぜ、牛脂から味や香りが感じられるかを調べるために、調理した牛脂から純粋な脂肪だけをとり出して、なめてみたところ、まったくの無味無臭でした。油脂は本来、無味無臭ですが、調理中に味物質や香り物質を吸着する働きがあるのです。
脂肪添加と脂肪無添加のポークソーセージを食べ比べると、脂肪添加のソーセージには、味わいの広がりや持続性が強いこともわかりました(図表5)。
また、無味無臭のサラダ油で野菜や肉をいためると、その油が野菜や肉の香りを吸着し、料理のおいしさにつながります。ぜひ、油脂のおいしさを意識してみてください。