激務のときのタイミング

映画制作の現場に入ると、プロデューサーは監督、スタッフ、キャストが仕事をしやすいよう気を配ります。気を使う相手が上司ではなく監督たちになるのです。現場ではたいていの監督は神経が張り詰めてナーバスになります。

「告白」の中島哲也監督は現場では本当に怖かった。こうした状況で監督に信頼してもらい、発言を聞いてもらうことはプロデューサーの大切な仕事です。

映画会社は映画をヒットさせたいと考え、現場の制作陣は、いい作品を作りたいと考えている。両者の目標が相反するわけではありませんが、その違いを意識したコミュニケーションを取っています。

スケジュールに追われ、ピリピリしている監督に何かを伝える際には、想像力を全力で働かせます。今こういうことを言ったら作品づくりのためになるのか、今は言わないほうが賢明かと思いを巡らせ、常にタイミングを気にしています。

ここで話しかければいいというタイミングは、自分の感情や都合だけで発言しようとしていないか、きちんと把握できたとき。大切なのは気持ちです。「悪人」では李相日監督と原作者の吉田修一さんが共同で脚本を作りました。僕も脚本の打ち合わせに参加していたので、台詞の変更について現場で意見を伝えることもある。そのときには監督に、プロデューサーがただ言いたいことを言ってるだけ、と受け取られてしまわないように気をつけています。こうしたほうがいい作品になりませんかと、同じ目標に向かって共闘する関係性を築く必要があるのです。

私は自分の思ったことを素直に言います。ただ、自分がどうしたいかではなく、映画としてどうあるべきかという点をきちんと伝えるのです。話しかけられる立場になれば、自分が根詰めて仕事をしているときに、ごちゃごちゃ言われたら、「人の都合も考えずに言いたいことを言いやがって」と腹を立てるはずです。

こういうすれ違いが起こるのは、今、話しかけたら相手がどう受け止めるかという想像力が欠けているから。お互いに同じ方向を見ているんだという思いを普段から発しておくことが必要です。「自分勝手なことばかり言うヤツ」と思われてしまったら、いざというときも、そういう目で見られてしまいます。

会議などが行き詰まったときも、何かとギクシャクしがちです。そういうとき私は「ちょっとトイレ」と断って席を立つ。「ちょっとタバコ」では自分勝手なヤツと思われてしまいますから。そして気分転換してから戻ってきて、敢えてテーマと関係ない話をします。トイレをきっかけに場が休憩モードになっているので、こういう息抜き話もしやすくなる。そんなちょっとした一言で流れを変えると、思わぬアイデアが生まれて行き詰まりの打開につながることが多いのです。

実は映画は「寄り」(アップ)と「引き」(ロング)と「カットバック」(切り返し)の3種類の技法で基本的に成立している。人間関係も、熱意を持って「寄り」「引き」で客観的に状況を眺め、観客や監督などいろいろな人の気持ちを「カットバック」しながら切り替えて想像することが大切だと思っています。

映画は100年にわたり、この手法で人間の気持ちを伝えてきました。人間のコミュニケーションの基本、と言ってもいいのではないか、と私は信じています。

東宝 映画プロデューサー 川村元気
1979年生まれ。上智大学文学部を卒業後、東宝に入社。映画「電車男」「陰日向に咲く」「デトロイト・メタル・シティ」「告白」「悪人」などの企画・プロデュースを手がけた。
(構成=齋藤栄一郎 撮影=石橋素幸)
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