卓上調味料を並べる“変なやつ”に味変を求める“営業マン”

僕は急いで弁当の残りを平らげて、西久保さんを探しに行くことにした。

昼休みが終わり、僕は西久保さんを捕まえた。

「あの……さっきの話、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
「あれは、15年前……」

西久保さんは目を細め、遠い昔を思い出すように天井を見上げた。

「高山君がアドウェイズに来た初日のことだった。その頃はまだスーツを着ていたなあ」

若かりし頃の高山。15年前なら、今の僕と同じくらいの年だろうか。そんなときからオリジナルの理論を打ち立てていたとは……。

「彼は自分の席につくと、いきなり机いっぱいに卓上調味料を並べ始めたんだ。机の上なだけにね……」

クックと笑って、西久保さんは続ける。

「最初は変なやつだなと思ったよ。でもね、次第に高山君のところに人が集まるようになった。ランチの時間帯になると、“味変”を求める同僚の営業マンたちが高山君の席に列をなすようになったんだ」

テーマパークの屋台じゃあるまいし。調味料のためだけに、そんな行列ができるだろうか。西久保さん、ちょっと芝居がかった話し方といい、だいぶ話を盛っているのかもしれない。

“社内駄菓子屋”を営む先輩を初日で超えていった男

とは言え、職場に調味料が大量に並んでいたら目を引く。特に繁忙期なんかは、コンビニ弁当やインスタント飯の単調な味に飽き飽きしてくるものだ。色とりどりの調味料は、人々の目に救世主のように映るだろう。

そしたら思わず、話しかけてしまうかもしれない。小さなきっかけから、新たなコミュニケーションが生まれ、仲が深まっていく。ついには“自席に調味料を並べる、変な営業部員”の噂は他部署にまで広まり、役職も関係なく多くの人が押しかけた……ということなのか。

まあ、変なやつだと距離を置かれる可能性もあるけど。

「じゃあ、西久保さんも“味変”から、高山さんと仲良くなったんですか?」

西久保さんは首を横に振った。

「いや、最初はそんな高山君のことを苦々しく思っていたんだ」
「えっ。そうなんですか? あんなに仲がいいのに」

二人が何やら楽しそうに話しているのをオフィスで何度も見かけている。昔はね、と西久保さんは笑う。

「なぜなら……。当時、僕は“社内駄菓子屋”を営んでいたんだからね」
「社内駄菓子屋?」
「そう。お菓子を大量に仕入れて原価で売るんだ。だから儲けは出ないけどね」
「じゃあ、何のために……」
「他部署の人も買いにきていてね。横断的なコミュニケーションに役立っていたんだ」
「なるほど。お金のためでなく、社内の人との仲を深めるためのツールだったと……。先に同じようなことをやっていたわけですね」
「そうなんだよ。でもね、高山君はそんな僕を初日で超えていった……」

大げさにため息をつき、遠い目をした。

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