ワードやエクセルができなくてもやってこれた理由

高山は調味料を佐田さんのお盆にのせた。

「ああ佐田さんですか、バラの花かと思いましたよ」
「あら、高山さんたら、褒めても何も出ませんよ」

佐田さんは見え透いたお世辞を軽くあしらう。

高山は「まいったなあ」と言いながら、ペコリと頭を下げた。

「この間の経費精算書のミス、直してくれて本当に助かりました。これからもご指導のほど、何卒よろしくお願いします」

高山は大きな体を二つに折るように深々とおじぎしている。こんなへりくだった態度は初めて見た。

高山が作成する書類には不備が多い。細かい作業が苦手なのだ。おまけに、ものすごいパソコン音痴ときている。ワードやエクセルの簡単な操作もできないので、よく今までやってこられたよなと思うくらいだ。

だから、僕はよく営業で使うデータのまとめや修正なんかを代わりにやっている。

そんなわけで、経費関係の書類の締め切りが近づくたびに、佐田さんも尻拭いをさせられていた。

にもかかわらず、両者の関係は良好らしい。

「仕方ないわねえ。今度はGABANのシナモンシュガーも置いといてね」
「承知しましたっ!」

再び頭を下げる高山。

小さな手を振り、佐田さんはあきれたような笑顔で去っていった。

好待遇を得られる“松屋理論”の中身

可愛らしい風貌に反して、佐田さんの書類チェックは大変厳しい。不備などあろうものなら、普通は突っ返される。

でも、高山のものに関しては、佐田さんが毎回ミスをカバーしているようだ。

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なぜ、調味料を貸しているだけで、そんな好待遇を得られているのだろう。便利なのはわかるけれども……。

「驚いたかい?あれが高山君の“松屋理論”なんだ」

ふいに背後から声をかけられた。

アドウェイズweb営業部の西久保さんだった。入社16年目で、高山のアドウェイズ時代の先輩でもある。誰にでも好かれるタイプの優しい人だ。

「松屋理論? 松屋って、あの牛丼チェーンのですか?」
「そうだよ。君も営業なら、よく行くよね」
「ええ、もちろんですよ。今日も朝定食べて来ましたから」
「なら、この理論が理解できるはずだよ。松屋のカウンターには何が置いてある?」
「醤油の他にも、何かいろいろあったような……」
「そう。バーベキューだれ、ポン酢だれ、七味唐辛子など、豊富な“味変アイテム”が置いてある。高山君は、自身のデスクで松屋のカウンターを再現しているんだよ」

西久保さんは満面の笑みで松屋のビビン丼にポン酢をかけると、さっさと行ってしまった。

松屋理論か。何だか、怪し気なワードが出てきたぞ。その理論とやらに、社内の人望を集めるカギが隠されているのか?