書籍購入額が落ちる一方で、自己啓発書の市場は成長

だからこそ、波の乗り方――つまり〈行動〉を変えるしかない。そのような環境が、ポジティブ思考という〈行動〉で自分を変える自己啓発書のベストセラーを生み出した。

1990年代後半以降、とくに2000年代に至ってからの書籍購入額は明らかに落ちている。しかし一方で、自己啓発書の市場は伸びている。出版科学研究所の年間ベストセラーランキング(単行本)を見ると、明らかに自己啓発書が平成の間に急増していることが分かる。1989年(平成元年)には1冊もなかったのに対し、90年代前半はベスト30入りした自己啓発書が1~4冊、1995年に5冊がランクイン。この後の2000年代もこの勢いは続いた。

自己啓発書。その特徴は、「ノイズを除去する」姿勢にある、と社会学者の牧野智和は指摘する。自己啓発書の特徴は、自己のコントローラブルな行動の変革を促すことにある。つまり他人や社会といったアンコントローラブルなものは捨て置き、自分の行動というコントローラブルなものの変革に注力することによって、自分の人生を変革する。そのとき、アンコントローラブルな外部の社会は、ノイズとして除去される。

コントロールできないものをノイズとして除去し、コントロールできる行動に注力する。だとすれば、ノイズの除去を促す自己啓発書に対し、文芸書や人文書といった社会や感情について語る書籍はむしろ、人々にノイズを提示する作用を持っている。知らなかったことを知ることは、世界のアンコントローラブルなものを知る、人生のノイズそのものだからだ。

本を読むことは、働くことの、ノイズになる。読書のノイズ性――それこそが90年代以降の労働と読書の関係ではなかっただろうか。

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「仕事で自己実現すること」が称賛されてきた

自己実現、という言葉がある。その言葉の意味を想像してみてほしい。すると、なぜか「仕事で自分の人生を満足させている様子」を思い浮かべてしまうのではないだろうか。

趣味で自己実現してもいい。子育てで自己実現してもいい。いいはずなのに、現代の自己実現という言葉には、どこか「仕事で」というニュアンスがつきまとう。それはなぜか? 2000年代以降、日本社会は「仕事で自己実現すること」を称賛してきたからである。

岩木秀夫『ゆとり教育から個性浪費社会へ』は、サッチャー政権やレーガン政権が採用した新自由主義改革にならおうとした結果、規制緩和の理念から「ゆとり改革」を採用してしまったという流れを解説する。つまり1990年代から徐々に社会へ浸透していた新自由主義的な思想が、教育現場にも流れ込み、「個性を重視せよ」「個々人の発信力を伸ばそう」という思想に基づいた教育がなされるようになった。