「女の闘いなのかも」
「何が、違う、とお考えですか?」
「育児との両立のために女性社員に過剰に『配慮』することですね。例えば、育休を取得した女性社員のいる部署は欠員1のまま職務を遂行して、職場復帰しても、時短勤務、残業免除などとなると、その分、他の社員の負担が大きくなります。本人も『配慮』、つまり仕事の量も質もセーブしたぬるま湯状態から抜け出すことができず、総合職でも出世の道を逃してしまう。本人が昇進を望まないことも多いですが……。その一方で、負担が重くのしかかったある30代独身の女性の部下が辞めていきました。彼女のつらさに気づいて、十分にフォローすることができずに責任を感じているんです。うーん、何と言ったらいいのか……」
横沢さんが言いよどみ、しばし沈黙が訪れる。自身の考えをうまく言語化しようともがいているようにも思えた。と、急に靄が晴れたように、誰に語りかけるともなく、ぽつりとこう、つぶやいた。
「女の闘い、なのかも……」
この女性同士の「闘い」が、やがてわが身にふりかかろうとは、この時は予想だにしていなかったことだろう。
女性活躍推進法で加速した女性登用
それからも社会が求める女性社員の働き方、生き方は、ますます横沢さんが歩んできた仕事を第一優先とする道とは異なる方向に向かっていく。育児と両立させながら仕事で能力を発揮し、さらに管理職という指導的地位に就いて活躍していくというライフスタイルである。
第二次安倍内閣が2013年に発表した成長戦略のひとつに「女性が輝く日本」が掲げられた頃から、大企業を中心に女性登用を意識した取り組みが本格化する。その後、女性管理職比率の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定、公表を雇用主に義務づけた女性活躍推進法*2の施行によって、企業の女性登用推進が一気に加速する。
横沢さんが育児をしながら管理職を目指す後進の女性たちへの嫌悪感や批判を赤裸々に語るようになったのは、女性活躍推進法が全面施行された16年頃からだった。14年に51歳で社内初の女性部長に昇進して采配を振るう一方で、悩みはなおいっそう深まっていたのだ。
「『女性活躍』という国が掲げる崇高な理念はわかりますよ。でもね、職場を混乱させてまで、無理して、育児との両立だけで大変な女性社員を、管理職にまで引き上げて優遇するのはどうかと思うんです!」
それまでも多少の憤りを露わにすることはあったが、16年のこの時のインタビューでは声を震わせて怒りをぶちまけたのが鮮烈に脳裏に焼きついている。
*2 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律。10年間の時限立法。16年から女性管理職比率の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定・公表が、常時雇用する労働者301人以上の大企業に義務づけられた。19年の改正法施行により22年から義務づけの対象が、同101人以上300人以下の中小企業にも広がった。同100人以下の事業主は努力義務。