定年前後の会社員はさまざまな悩みを抱えている。近畿大学教授の奥田祥子さんは「私が24年にわたってインタビューをしてきた60代の男性は『会社が社員を守ってくれる時代は終わった』と考えて起業の準備をしてきたが、40代で出世の道を選んだ末に狙ったポストに就けず、焦りから投資詐欺に遭ってしまった。再雇用で働き始めたが、権限のない単純作業に耐えられず『どん底に落ちた気がした』と語っていた」という――。(第4回)

※本稿は、奥田祥子『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

ベンチに座って落ち込んでいる実業家
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「定年を境に、目の前の光景が急に真っ黒になって…」

事業主に義務づけられている65歳までの高年齢者雇用確保措置の中で最も多いのが継続雇用制度で、その大半を再雇用が占める。厚生労働省の2023年「高年齢者雇用状況等報告」によると、企業が実施している雇用確保措置のうち継続雇用制度が69.2%に上った。

定年の引き上げは26.9%、定年制の廃止は3.9%だった。再雇用は、働き慣れた定年前と同じ会社に勤務できる一方で、雇用確保措置が義務化されている65歳を超えて就業できる企業はまだ少なく、66歳以降も働き続けたければ転職するか、フリーランスとして仕事を請け負うかなど、いずれにしても自分で仕事を探さなければならない。

すでに21年4月から70歳までの高年齢者の就業確保措置が事業主の努力義務となっているが、70歳までの就業確保措置を実施済み企業は29.7%にとどまっている。ちなみに、65歳までの「雇用確保」(義務づけ)とは異なり、70歳までは「就業確保」(努力義務)と表現され、事業主が直接雇用しない形態も含まれている。日本企業で70歳までの雇用が浸透するにはまだ時間がかかるだろう。

全国的な猛暑日となった2023年の夏、大手メーカーで定年後の再雇用を1年半、2年目の契約途中で辞めた藤井憲一ふじいけんいちさん(仮名、62歳)は、生気のない表情でうつむいたまま、10分以上黙り込んだ後、突如として顔を上げて一気にまくしたてた。

「早い時期からこうなることを見込んで、経験を積んで能力を磨き、社外人脈も広げ、誰にもまねできない、会社に頼らない働き方を実践して、起業に備えてきたこの自分が……結局は、初心を忘れ、みんなと同じように出世に目がくらんで、管理職という権力を謳歌しているうちに、いつしか組織に囚われの身となっていた。そのために、こんな惨めな結果となってしまったんです。

部長時代が最も明るい光が当たっていたとすると、役定(役職定年)を迎えた頃から徐々に影が差し始め、定年を境に、目の前の光景が急に真っ黒になって、どん底に落ちたような気がした。まさに明暗を分けたんです」

そう話す藤井さんの頬は紅潮し、目はうっすらと充血していた。話し終えると、テーブルの上に両肘をついて、頭を抱えた。