母の呪縛から逃れるために必要なのは「自分の欲望」

【菅野】母娘問題に悩んでいる人には、そうなってしまう前に逃れる方法を見つけてほしいですね。

【三宅】私は、母の呪縛から逃れるには、自分の「欲望」を見つけるのが大事だと考えています。母娘関係に縛られる娘は、自分の世界を母の規範で固定してしまいがちです。社会はさまざまな規範に満ちているのに、母の規範だけを絶対視してしまう。その世界から抜け出すためには、母の規範を相対化し、自分の欲望を優先させることが大切なのではないでしょうか。

その一方で、欲望を見つける「きっかけ」のようなものがいま、どんどん狭まっている気がしていて、そこをどうしたらいいのかという答えが、私自身まだ見つけられていません。

いまはいろいろなものにお金がかかる時代になってしまって、「やりたいこと」や「好きなこと」が少しぜいたく品のように思われているところがありますし、経済的な理由から実家を出て自立するというハードルも上がっていると感じています。

三宅香帆『娘が母を殺すには?』(PLANETS)

【菅野】確かに、いまはつながりをつくろうと思ったら何かとお金が必要ですもんね。私はいわゆる「就職氷河期世代」なのですが、同世代ではブラック企業などで傷ついて実家に戻ってしまうケースもよくあります。

先日対談した精神科医の斎藤環先生は、昔なら女性が家にひきこもっても家事手伝いとされていたが、いまではそれがひきこもりとして顕在化してきている、とおっしゃっていました。「理由があって仕方なく実家にいるけれど、母親と離れられなくて苦しい」という状況に置かれた女性も少なくないはずです。

現代の親子関係に見る“いびつさ”

【三宅】もちろん、何の問題もなく実家にいられる人ならいいのですが、「親子は仲がいいもの」という価値観が広まってしまって、「そうではない自分はどうしたらいいんだろう」と悩む人も増えているのではないでしょうか。「毒親」や「親ガチャ」のような言葉が流行っている一方で、実態としては親子が仲よくなりつつあるというのは、結構いびつなのではないかと思います。

菅野久美子『母を捨てる』(プレジデント社)

【菅野】いまの時代、私が母から受けたような苛烈な肉体的虐待というよりは、外からは見えづらい「過干渉型」も多くなっている気がします。そうなると親の愛情を感じつつも、「やっぱりちょっと苦しい」という気持ちがせめぎ合っているというような人が増えているのかもしれませんね。

【三宅】「教育虐待」という言葉も最近使われるようになりましたが、もっと広まったほうがいい言葉だと思います。親からすれば、「子どもがいい大学に行くためにお金をかけて教育を受けさせている」ということなのかもしれませんが、親の経済状況や家庭環境ともつながっていて、とても複雑な問題だと感じています。

(構成=岩佐陸生)
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