母娘問題は日常会話ではまだまだ話せない

【三宅】家を出て物理的に離れたり、亡くなったりしてからも母親に縛られてしまう娘がとても多いと思います。特に幼少期に壮絶な体験をしている人ほど母親に影響を受け、母親がいる人生に縛られてしまう。それを「呪い」と表現する人もいます。

幼少期に壮絶な体験をした人の中には、菅野さんの書かれた『母を捨てる』のような本を読むことで、大人になってからでも母に縛られた人生を捨てられると、勇気をもらえる人も多いのではないでしょうか。母親の呪縛から抜け出すことがいちばん難しいので、「抜け出せた」という成功例を知るだけでも全然違うはずです。

まだいまでも「お母さんを捨てていい」と言ってくれる人は周りに少ないと思うので、本などでそういう価値観に出合うしか逃れる方法はないのかもしれません。

【菅野】確かに周りに理解を求めるのは難しいかもしれませんね。毒親・毒母に関するエッセイなどはたくさん世に出てきつつも、普通の日常会話レベルでは話せないというのが世間の一般的な空気だと思うんです。

私自身「母を捨て」ているのですが、それにタブー感や後ろめたさがあるのは、やっぱりこういう空気に敏感だからなんですよね。特定のコミュニティ以外では、例え愚痴レベルではあっても、「親と仲が悪い」とか遠回しに人に話すだけでも、やっぱりヒヤヒヤします。

【三宅】これまでも問題としてはあったのに、語られづらかったんですよね。「母と娘の逃れ難さ」については多くの人が言うのですが、私はむしろこれからは、大人になる過程で「難しいけれど母は捨てられる」と言っていくことのほうが大事なのではないかと思っています。

書評家・作家の三宅 香帆氏(左)とノンフィクション作家の菅野 久美子氏(右)
書評家・作家の三宅 香帆氏(左)とノンフィクション作家の菅野 久美子氏(右)

親の老後の面倒は他人に任せてもいい

【菅野】「友だち親子」のような母娘関係が“表面上”は増えているとはいえ、実際には現実問題として母との関係にに苦しめられている人も少なくないです。特に私自身は、まさにこれから親の介護などが待っている世代です。これをどうすればいいのか。

私のような毒親に苦しんできた子どもたちに対して具体的な解決策がまだまだ足りないと感じていたので、私は親の介護と看取りを外注する「家族代行サービス」の普及にも関わったのですが、思いのほか反響があって驚きました。瞬く間にメディアに取り上げられて、テレビなどの取材が続々きています。

40代になると親の介護が間近に迫ってくるので、こういうサービスを必要としている人たちが少なくないのだと思います。『母を捨てる』を読んでいただくことで、何かしら困っている人の救いになってもらえればいいなと思います。

【三宅】家族代行サービスの存在を初めて知ったときは、「こんなサービスがあるのか」と思いました。

娘が母を殺すには?』にも書いたのですが、私は家族や親みたいなものが絶対視されすぎていることが問題ではないかと思っています。実際、親を唯一無二のように感じている人は少なくありませんし、実際は親以外からも大きな影響を受けているはずなのに、幼少期に育てられたという点で親の影響がとても大きくなってしまっています。

「年を重ねた親をどうするのか」という介護も含めたケアの問題はこれからどんどん増えていくでしょうから、家族代行サービスのようなものがあることで救われる人はたくさんいるはずです。

【菅野】私はノンフィクション作家ということもあり、孤独死のリアルなの現場を取材していて、そこでも日々感じるのですが、現実としてこれまでもあった日本のさまざまな問題やひずみが、この時代に一気に表面化したのではと思わざるをえないんですよね。歪みや地盤沈下に耐えきれない社会になってきているのかもしれません。

【三宅】やはり家族の役割が大きすぎるんでしょうね。例えば病気で入院しても家族以外のお見舞いが認められていない場合があります。家族以外が想定されてないというのが、そもそも制度としておかしいと思います。

介護についても同様です。家族が絶対視されていて、「他人がやるものではない」という風潮があります。そうなると、やはり家族への負担が大きくなりますし、とりわけ娘には大きな期待がかけられてしまうと思います。

三宅香帆氏(左)と菅野久美子氏(右)。