「世界遺産」への登録は良いことばかりなのだろうか。城西国際大学教授の佐滝剛弘さんは「世界遺産登録の本来の目的は、その遺産を無傷で後世に渡すことだ。日本人は、世界遺産登録の意義を『観光』だと誤解しがちだ。その結果、保全にすら苦労する世界遺産も出てきてしまっている」という――。

※本稿は、佐滝剛弘『観光消滅 観光立国の実像と虚像』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

富岡製糸場
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数だけは多い日本の世界遺産

日本は2024年7月のユネスコ世界委員会を経て、世界遺産の登録件数が26件で、世界11位。ユネスコの加盟国は195カ国なので、保有数上位1割に入っている、「世界遺産大国」の一つである。

清水寺や姫路城など著名な観光地が登録されているので、「世界遺産は有名観光地が登録される」とか「世界遺産になれば観光客が間違いなく増える」と思っている人が少なくない。実際、今も日本各地で世界遺産登録運動が起きているが、その目的には観光振興が透けて見える。

2024年7月に新たに登録された「佐渡島の金山」に続けと、その手前の段階で世界遺産を目指す国内の地域や遺産候補は数知れない。信州の名城「松本城」、八十八カ所のお寺を白装束と菅笠で巡る「四国遍路」、瀬戸内の激しい潮流「鳴門の渦潮」(徳島県)などのよく知られた場所だけでなく、富山県の「立山砂防施設群」のように地味でアクセスに難がある候補も登録運動に熱心だ。

世界遺産登録で「秘境」が「一級の観光地」に

世界遺産登録によって、たしかに観光地として脚光を浴びたところも数多い。例えば合掌造りの民家群で知られる岐阜県の「白川郷」は、世界遺産の登録とその後の村の近くへの高速道路の開通により観光客が飛躍的に増えた。今では、外国人観光客も多く、私有地への侵入やごみのポイ捨てなどオーバーツーリズムに悩まされるようにまでなった。

屋久島は登録前には、登山家や離島マニアなど限られた人だけが訪れる秘境で、むしろ鉄砲伝来やロケット基地で知られる隣の種子島の方が有名だった。屋久島の島民が島外の人に出身地を尋ねられると、以前は「種子島の隣です」というフレーズを使うのが普通だったという話も聞く。

しかし、屋久島はいまや訪れたい離島の最上位に位置するほど有名になった。島のシンボルと言える「縄文杉」や、ジブリ映画のモチーフになったといわれる「白谷雲水峡」へのルートは、シーズンによってはかなりの混雑を呈するようになった。世界遺産の称号が地域を一級の観光地に仕立てた好例である。