「いまのアキちゃんに負ける理由なんて、何もないんだよ」
「僕が勤めていた八百屋はかなり売る店だったので、目上の売り子さんに対しても『いくらに負けるなら、買ってやるからさー』という態度だったんです。20そこそこのクソガキが、思い切り上から目線だったわけです」
ところが23歳で念願の自分の店を構えたとたん、仕入れが怖くなってしまった。
たとえばミニトマトは、通常、1ケースに24パック入っている。かつてなら平気で10ケースぐらい買って、「こんだけ買うんだから負けろよなー」などと横柄な口を利いていたわけだが、開業当初のアキダイは客の入りが極端に悪く、たったの1ケース・24パックを売り切る自信がなかった。
秋葉さんはなじみの売り子さんにこう切り出した。
「×××円に負けてよ」
すると、相手は予想もしなかった言葉を返してきた。
「アキちゃんさ、いまのアキちゃんに負ける理由なんて、何もないんだよ」
秋葉さんは冷や水をぶっかけられた気分だった。
秋葉さんは、以前の自分がいかにおごり高ぶっていたか、そしていまの自分がいかにちっぽけな存在であるかを思い知らされた。
青果市場の「悩み」と「もがき」
やっちゃ場(青果市場)ではさまざまな業界用語や隠語が流通しているが、代表的なのが「悩み」と「もがき」。一種類の商品が一時に大量に入荷してしまい、卸売業者が処理に困っている状態を「悩み」と言い、反対に、品薄で小売業者が品物の取り合いをしている状態を「もがき」と言う。青果の世界は天候の影響を受けるから入荷量の変動が大きく、「悩み」と「もがき」が頻繁に発生する。
「たとえばハウスバーモントカレーは、全国どこに行ってもハウスバーモントカレーですよね。供給は安定していて、品質はすべて同じ。じゃあ、どうして小売店によって値段が違うのかといったら、大手はバイイングパワーがあるから、いっぺんに大量に仕入れて値段を下げることができる。でも、キャベツは毎日入荷量が変わるし、味も鮮度も全部違うから、ハウスバーモントカレーのようにはいかないわけです」