すると、ふとしたタイミングでアイデアの欠片が出てくることがあるのです。その瞬間はどこからそんな発想が出てくるのか、どこに帰結するアイデアなのか、自分ですらわからないことがあります。そこでベンチに腰掛けたり、メモして家に帰ってから、どうしてそんなひとり言が出てきたのかを落ち着いて考えてみるのです。もちろん、ひとり言をつぶやきながら――。

神の啓示のように降ってきたアイデアも、自分の脳に蓄積された情報が紡ぎ出したものです。記憶を辿れば必ずヒントが見つかります。ああでもない、こうでもないと自分の左脳がフル回転して、論理展開を考えています。そしてある瞬間に「なるほど、このことか!」と、合点がいく結論が導かれるのです。

スポーツ中継を見ていると、アスリートが勝負に挑む前に集中力を高めながら、ブツブツとひとり言を言っているシーンをよく見ます。

「大丈夫、私はできる。絶対に勝てる。だから自信をもって行こう!」
「落ち着け……もう一度状況を確認しよう。見落としはないよな。よし、次の一投にすべてを懸ける!」

写真=iStock.com/hoozone
※写真はイメージです

あれは雑念を振り払い、不安を取り去り、目指すところを再確認することで、脳にある種の自己暗示をかけているのです。大事な商談やプレゼンの前など、皆さんも使える手ではないでしょうか? ただし、ひとり言は不可能を可能にする“おまじない”とは違います。

本音では明らかに無理があると理解していることを、どれだけ「できる」とつぶやいたところで、脳はあっさり「それは嘘」「無理なものは無理」と見破ります。そうするとどの脳番地も本気になれず、かえって実力以下の能力しか発揮されません。

ただ、脳を説得することができれば、実力以上の能力が発揮され、これまで届かなかった頂に到達できる可能性があります。

先日、アーティスティックスイミングのチームにアドバイスできる機会があったのですが、私はある選手からこんな質問を受けました。「私は皆がしているように試技の前に『大丈夫、私にはできる!』とつぶやくようにしています。でも大舞台であるほど、過去の失敗を思い出してしまいます。忘れようとするほど、ありありとそのシーンが浮かぶのです。どうしたらいいでしょう」

私は「脳は欺けないのですよ」という話をしてから、次のようなひとり言をおすすめしました。「前回はミスをして、とても悔しい

結果になった。あれから私は一生懸命に練習した。ミスをしない対策もした。だから、私は大丈夫だ。今日は新しい自分を見せよう! そして、私もそれを見てみたい!」

これなら脳も納得です。すべて事実ですし、成功に至る過程が論理的です。不安は取り除かれ、試技に集中でき、脳が勝利のためにフル回転して結果を出してくれるでしょう。

ひとり言のメリットはご理解いただけたと思いますが、最後に注意点を。ひとり言ではいつもポジティブな言葉が出せるよう心掛けてください。汚い言葉や攻撃的な言葉、恨み辛みばかり言っていると、脳内にはネガティブな思考が巡って物事は悪いほうへと落ちていってしまいます。

とはいえ、ストレスフルな環境で働いていると、愚痴の一つも漏らしたくなる日はあるでしょう。でしたらせめて眠りに入る2時間程度前からは嫌なことは考えず、風呂に浸かり心地よい音楽を聴いてリラックスするように努め、眠りに入る前には肯定的なひとり言をつぶやいてください。「今日は大変だったなあ」と思い返すのではなく「今日の俺はすごく頑張った。明日も楽しみ!」と前向きな言葉で一日を終えるのです。

睡眠中に脳は日中の記憶を整理して、必要な記憶を定着させ、ストレスを解消し、時には問題解決に至るヒントを用意して目覚めを迎えるようにできています。

下手の考え休むに似たり――。行き詰まったら睡眠時間を十分に取って、脳に助けてもらいましょう。そして目覚めを迎えたら「今日も頑張るぞ!」とポジティブなひとり言で新しい一日をスタートするのです。問題解決のヒントも、あなたの能力を引き出し成長させてくれる力も、すべてあなたの脳の中にあります。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月2日号)の一部を再編集したものです

(構成=渡辺一朗)
関連記事
これで1日のストレスをリセットできる…自律神経の名医が勧める「寝る前の3行日記」の2行目に書くこと
これをやると‟前頭葉バカ”になる…医師・和田秀樹「脳の老化を遅らせる睡眠の最終結論」
認知症になった人は睡眠時の"目の動き"が違う…60歳超健常者の12年後の追跡調査で判明「脳と睡眠の血流関係」
「帰ったらまず休憩するか、それとも家事か」自律神経の専門家が推奨する"疲れにくい"行動習慣
「脳トレはほぼ無意味だった」認知症になっても進行がゆっくりな人が毎日していたこと【2022上半期BEST5】