日本の「ゲームの巨匠」に注目が集まっている

③:「ゲームクリエイター」に対する関心の高まり

これは②で述べたコアゲーマー層の拡大に通じるものだが、『エルデンリング』のヒットの裏にあるものが、ゲームクリエイターを映画監督や漫画家と同じように、一人の作家として評価し、それを購入の動機とする潮流である。

①で軽く引用した通り、『エルデンリング』のディレクター(監督)宮崎英高は、現代ゲーム業界の中でも特に評価される存在だ。初めて単独で監督した『アーマード・コア フォーアンサー』以降、『Demon's Souls』、『DARK SOULS』、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』など、手掛けた作品をことごとくヒットさせ、その度に宮崎の名は世界に広がった。

結果、2024年には『TIME』誌の定める「世界で最も影響力のある100人のリスト」に、日本人として内閣総理大臣の岸田文雄と並んでただ2人選出された。

特に宮崎は、ゲーム作りに忌憚がないことで有名だ。高い難易度や難解な世界観といったものは、彼の作家性のごく表面的なものに過ぎず、実際には至るところまで徹底的にこだわり、プレイヤーに対して納得のいく体験を与えることを目的としている。そうした姿勢から、一部のゲームファンだけではなく世界的に幅広い敬意を獲得することに成功し、ひいては宮崎の手掛けた『エルデンリング』への購入動機になりえた。

なお、国際的に注目を浴びる日本のゲームクリエイターは、当然ながら宮崎だけではない。任天堂の数々の名作を手掛け、今や映画も成功させた宮本茂。独立して以降も『DEATH STRANDING』など独創的な遊びとテーマを内包した作品を手掛ける小島秀夫。言葉による表現を極力減らし、印象的な演出とゲームプレイを楽しませる上田文人。

こうした巨匠たちの能力は、今後ますます国際的なゲーム市場で重要なものとなり、更には文化・芸術分野の日本の立場にも影響するだろう。

輸出産業としてのゲームの未来

ここまで、「輸出産業」として日本ゲームの国際的ヒットの要因を、主に『エルデンリング』を中心に考えてきた。

こうした要因から理解できることは、ゲーム産業の市場的・文化的な成熟だ。デジタルプラットフォームは最新技術による流通の進化であるし、コアゲーマーの増加はゲームファン側のリテラシーの高まりを裏付けており、かたや作家に対する注目という点では他の文化・芸術と同じく批評性の高まりを意識させる。

言い換えれば、ゲームの産業的なポテンシャルは今後も残されており、ひいては日本ゲーム企業の伸びしろも残されている、ということだろう。なぜか日本の産業、特にエンタメという分野において、ゲーム産業の経済的価値というものは日本のビジネスパーソンにより低く見積もられがちだが、より国際的な視野をもってその真価を見定めていただければと思う。

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