誰にとっても穏やかに、気楽に過ごせる楽園を

「住まいは、そこに住むすべての人が安心して過ごせる場所でなければなりません」

飯塚さんはそう断言する。安心の定義はさまざまだろうが、こと家族間の関係にしぼっていえばそこには2つの安心が存在する。

1つは「家族と一緒にいることで育まれる安心」、もう1つは「いつでも1人になれるという保障から生まれる安心」。この2つが約束された住まいは、誰にとっても穏やかに、気楽に過ごせる楽園となる。

スタディコーナーと子供部屋は、まさにその典型といえる。

家族と一緒にいたいときはスタディコーナーに。1人になりたいときは子供部屋に。役割の異なる2つの場所を与えられた子供は、1年中安心に包まれたなかで暮らしていける。その日、そのときの気分で2カ所の居場所を使い分けられれば、「どこにも居場所がない」という状態には追い込まれない。

だからこそ、一方の居場所である子供部屋は、ときに「敵」となる親のテリトリーからなるべく離れた位置にしておかないと意味がないのだ。

さらに飯塚さんは、家づくりの打ち合わせ中に奥さまなどから頻出する次のような要望に、どちらかといえば否定的な立場をとる。

「うちは男の子が2人なので、2人とも小学生のうちは同じ部屋を使わせます。で、上の子が中学生になったら部屋を分けてやるつもりです。ですから新築工事のときは、将来必要になる間仕切壁の用意だけしておいてもらえますでしょうか」

私もそういう子供部屋で育ちました、という人は多いだろう。

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バカ息子の意見は一切無視する

だが飯塚さんは、自身の経験も踏まえ将来2分割構想の子供部屋には反対の意見を述べる。

「あとで分割するくらいなら、最初から1人に1部屋つくってあげたらどうですか、というのが私の意見です。自分だけの縄張りをもちたいのは大人も子供も同じでしょう。少なくとも私が子供のときはそうでした。

私は小学生の頃、2つ年上の兄と同じ部屋を使わされていたのですが、子供心にそれが嫌で嫌でたまりませんでした。自分1人になれる場所がどこにもないので、仕方なく親戚が経営する隣の工務店の事務所に逃げ込んでいたものです」

ときには1人にさせてほしい――。子供の縄張りづくりは、すでに6歳頃には始まっているのである。

子供の縄張りについては、はじめての家づくりから約30年後、2世帯住宅をどのようにつくるかという場面で再び考える必要に迫られる。

昨今は現役世代の所得が総じて低い。やむをえず親の家を2世帯住宅に建て替えて同居するケースが増えている。1度は家を出ていった子供が10年ちょっとで舞いもどり、「子世帯住宅」という大きな子供部屋を構えるかたちだ。

「2世帯住宅を設計するとき、いちばん気をつけていることは何ですか?」

幾人もの建築家にたずねてきたが、答えは誰に聞いても同じだった。

「親世帯と子世帯をなるべく離すことです」

理想は玄関から別々に分ける「完全分離型」のプランである。

子世帯が娘家族の場合はそこまで神経質にならなくてもよいが、息子家族と2世帯住宅を構えるときは「息子の嫁」との関係から完全分離型以外はなかなかうまくいかない。それが大方の意見だった。

「いや、うちの妻は母と仲が良いので、完全分離型でなくても大丈夫ですよ」

そう胸を張るバカ息子がたまにいる。だが、建築家たちに言わせればそういう家族がいちばん危ない。ふだんから奥さんと母親がどれだけ気を使い合い、互いの腹を探り合いながら暮らしているか、知らないのはバカ息子だけなのだ。

「そういう息子さんの意見は、僕は一切無視しますよ。2世帯住宅の設計を依頼されたら、まずは完全分離型で計画するのがいちばん安全なやり方ですからね」

ある老建築家は力強くそう言い切った。