「政策の大転換」というご都合主義

さらなる恥の上塗りは、こうした大甘な見立てに拠って安倍外交の領土交渉のお先棒を担いで走り回っていた幹部連中が、菅政権、岸田政権に交代した後にあっても全く自省することなく、のうのうと高位の職にとどまって事務を続けてきたことだ。

典型例は、安倍政権末期に当時外務審議官としてロシアとの交渉の前面に立っていた森健良だ。安倍政権下の対ロシア外交に幻滅して国家安全保障局長のポストを去ったと報じられてきた谷内正太郎氏の恬淡とした態度とは、全く正反対の立ち回りだった。

その後次官まで務めた森が2023年夏、全省員に向けて行った新旧次官交代式における挨拶の中でさらっと述べた言葉には、心ある多くの省員が耳を疑ったのではないかと思う。

「昨年2月にウクライナが侵略されました。それを予知していたというわけでは全くありませんけれども、その時日本はそれまでのロシア外交の大転換を急速に行って、ロシアを制裁し、そしてウクライナを支援する。G7とともにそうした国際的努力に参画するという決定をして以来、そうした外交を展開してきています。非常に困難な意思決定でありました。しかし、国際秩序の根幹を揺るがすようなこの事態は他人事ではないという判断で大転換をしたわけです」

しごく淡々と理の当然のように述べたが故に、本人の認識と責任感の程度を物語って余りあったと言えるかもしれない。ウクライナ人やジョージア人が聞いていれば、欺瞞に満ちたご都合主義の自己正当化に聞こえたことだろう。

外交官の「劣化の象徴」

言うまでもなく、ロシアのウクライナ侵略は、なにもここ数年で始まったわけではない。ウクライナ領土のクリミア半島に対する侵略は、既に2014年に発生していた。だが、日本外交は西側諸国による対露制裁に最低限度のお付き合いをしたものの、プーチンのロシアとの領土交渉にブレーキをかけることなく、共同経済活動を通じた二島返還の道を引き続き突き進もうとしたのだ。

山上信吾『日本外交の劣化』(文藝春秋)

さらに先立てば、プーチンのロシアの姿は、2008年のグルジア侵攻であからさまになっていたと言って過言ではないだろう。グルジアの一部領土は未だに占領されたままなのだ(グルジアについては、2015年に国名呼称がロシア語のグルジアから英語のジョージアに変更されている)。

換言すれば、こうしたロシアの実態を見知って戦略転換を促す機会は十分にあったのに、それを無視して進んだのが日露交渉だった。

これからの対露外交は難しい局面を迎える。このような外交を続けていては、ロシアから足元を見られてしまうのは必至だ。今回のウクライナ戦争が起きなければ、安倍政権がもくろんでいた二島返還さえ実現することなく、「共同経済活動」という果実を奪われるだけで終わっていたかもしれない。

そんな最悪のシナリオに、本来鍛え上げられたはずの職業外交官が加担していたのだから、実に心寒くなる。これぞ劣化の象徴ではないだろうか。

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