かつては「モーレツに進む」ことが求められてきたが…
ここで「クリティカル」という概念についてあらためて考えてみましょう。「クリティカル=critical」という言葉は「批判的」「危機的」「決定的」といったニュアンスの異なる複数の意味を併せ持ちます。なぜ、このように大きく意味の異なる意味が一つの言葉に乗せられているのでしょう。理由は語源を辿ると見えてきます。
英語の「critical」の語源はギリシア語の「krinein」で、これは「分かれ道」を意味する言葉です。言うまでもなく「分かれ道」は、これから進むべき方向を決める重要な場所です。だからこそ「決定的」であり、選択を誤れば命を落とすかもしれない「危機的」な状況でもあり、そのような状況下で正しく判断、選択するためには「批判的」に考える必要があるのです。
これを逆に言えば「一本道」を歩いているときにはクリティカルである必要性はない、ということでもあります。「一本道」を歩くときに求められるのは、とにかく精力的、効率的に前に進むこと……高度経済成長時代の流行語を使えば「モーレツに進む」ことが求められます。
このような状況下では「一度立ち止まって、自分たちの歩んでいる道が本当に正しいのかを考えるような態度」は行進の歩みを遅らせるものだとして忌避されたでしょう。立ち止まって考える人は皆に遅れをとる、これが「一本道の社会」の特徴です。
ビジネスパーソンにも哲学者の思考が求められる時代
しかし、私たちはもはや「これまで歩んできた一本道の延長線上に未来を描くことはできない」ということを理解しています。私たちの社会はまさに「クリティカル・モーメント=重大な分かれ道において批判的に思考を巡らすべき時期」にきているのです。
従来の世界において、社会のあり方に対して批判的な眼差しを向け、時機に応じた警鐘を鳴らしていたのは主に哲学者やアーティストでした。彼らは、それぞれの生きた時代において、誰もが「当たり前だ」と信じて疑わなかった概念や社会のあり方に対して、批判的眼差しを向け、現状の延長線上にはない未来、誰もがその時点では考えもしなかった未来像を提示してきました。
そしていま、このマインドセットがビジネスに携わる人々にも求められています。なぜなら、誰もが当たり前だと思って疑わなかった社会の状況について、批判的な眼差しを向けて考察するという、もともとは哲学者やアーティストがやっていたことが、クリティカル・ビジネスのイニシアチブをとるリーダーには求められるからです。