これまで感じたことのない疲労があふれ出る

例えば、7ピッチ目に「11c」という難易度のスラブ(角度が90度以下の傾斜)があった。他のクライマーによって繰り返し登りこまれた跡があり、斜面は想像以上に滑りやすくつかむ場所がなかった。

平山がほぼフットホールドだけでそのスラブを登ると、次にクライムダウン(ロープにぶら下がらずに、自分の力で下りること)する「10d」ほどの箇所が現れた。「ステファントラバース」と呼ばれるその難所を手探りで降り、再び長い登りが始まる。

平山が自身の「限界」の領域にクライミングが差し掛かったと感じたのは、そうして23ピッチから24ピッチ目の登りに向かう「モンスターオフィズス」という大きなクラック(岩場)にたどり着いたときのことだった。クラックに体を半分ほど入れ、岩の間に挟まるようにして登る箇所だ。

写真=iStock.com/miksov
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標高が上がったことで、少しずつ花崗岩の岩にもざらりとした感触が強くなってきていた。その頃になると、平山は自身がこれまで感じたことのない疲労を感じ始めていた。身体を動かす度に腕や足につる感覚があり、蓄積された疲労が筋肉の内側からあふれ出してくるようだった。

サラテの壁に響き渡った「雄たけび」

「そこまで来ると、すでにいくつかのステージを超えてきているので、身体や発想が覚醒してくるところもあったんでしょうね。いろんな状況に対する未知への処理が、とても自然に行えていく感じがありました。

未知そのものに慣れてきた、というのかな。そもそも24ピッチなんていう長さは、実際に登った経験のあるクライマーは限られています。しかも、それをオンサイトでやっているわけで、知っているルートの24ピッチとは違うわけです。世界中でもその疲労感を知っているのは本当に一握りだと思います。自分自身も初めて知る疲労感でした」

だが、そんな身体が感じる疲労とは裏腹に、思考は未だ冴えわたっていた。

「モンスターオフィズスのクラックは、自分のクライミング経験でも初めてのシチュエーションでした。でも、なぜか『落ちないだろうな』という感覚がありました」

だが――。

「テフロンコーナー」と呼ばれる箇所で、平山はこのオンサイトトライでの初めてのフォールを喫する。

そのとき、サラテの壁に雄たけびが2度、3度と響き渡った。