「無理」と思う自分を、1時間かけて「無理じゃない」に変えた
「疲労の状態から言えば、普段なら『無理』と100回くらい言っているような状況でした。でも、彼らのことを考えているうち――不思議なものですよね――、フォールによって生じた無念さに覆われていた心に、少しずつ温かいものが流れ込んでくるような感覚を覚え始めたんです。
だから、僕はこう思うことができた。このストーリーをまだ終わらせてはいけない、って。自分がいまベストを尽くせば、自分も報われるし、みんなも報われる。そんなふうに『無理』だと思う自分を、『無理じゃない』というところに1時間かけてなんとか持っていけた」
気持ちを立て直した平山は、バリエーションルートに取りついた。新しいルートはフォールしたラインを右に外れていくもので、難易度はさらに上がる。ここで再び落ちれば、それで平山のサラテでのオンサイトトライという挑戦は終わる。だが、それまでは挑戦を続ける――これが最後のチャンスだと彼は自分に言い聞かせた。
平山が「人生を変えるワンムーブだった」と語る瞬間がやってきたのは、そこから二本のピッチを登り、27ピッチ目のクライミングに取り掛かっていた時のことだった。
時刻はすでに17時を回っていた。クライミングを開始したのが朝5時だから、すでに12時間が経過していた。太陽は徐々に沈み、周囲には日中にはなかった冷気が漂い始めていた。身体は悲鳴を上げているが、まだ「心」と「技術」が彼のクライミングを支えていた。
自分を外側から見ているような気持ち
27ピッチ上に表れる最初の難所を越えた平山は、次に体を左へと移していく先の大きめのホールドを見据えた。
「最初は『どうするんだろう』と思いました。オンサイトだから、それが分からない。でも、グレーの壁をじっと見つめていると、徐々に見えてくる起伏があった。ここに足が乗せられる。ここには何もない……って。距離としては、自分のいる位置から手を伸ばして170センチほど。そこから30センチくらい先に大きなホールドがあるから、ここに手を置いて、こう手を出して倒れ込んでいけば何とかなるかな、と思いました」
当時の動きを再現しながら、平山はそう振り返る。
「あのときは周囲の全てが遮断され、極限まで集中していました。みんなの思い、自分がこれまで2年やってきたこと、これまでのクライミング人生の全てを背中に背負いながら、物事を考えていたんだと思います。そして、手を伸ばした時は、その思いが指先の方に電気になって通じていくような感覚を覚えました。それからは、まるで自分を外側から見ているような気持ちでしたね。頭に思い描いたイメージが目の裏に映っている、と言えばいいのかな。意識の主体が現実にいる自分ではなく、思い描いている方の自分にあるような――」
気づいたとき、上の方から声が張り上げられるのが聞こえた。頭上の終了点で待つ二人のカメラマンが叫んでいた。
「越えたんだ!」
と、平山は思った。