平山ユージの人生を変えた「一瞬」

――結果的に、平山はこのサラテでのオンサイトを達成することはできなかった。翌日、ビバーク(野営)した地点からクライミングを再開した後、「ヘッドウォール」という箇所で二度目のフォールを喫してしまったからだ。

しかし、初回のフォールの時のように、平山は呆然とするようなショックは受けなかった、と話す。落ちた箇所を再び登り直し、辺りの暗くなった20時に頂上にたどり着いたときは、「限界」を超えて全てを出し切ったという充足感が胸には満ちていた。

その理由について、

「あの27ピッチ目のワンムーブが、クライミングに対する考え方だけではなく、『人生』そのものを変えてしまう一瞬だったから」

と、平山は振り返る。

「なぜなら、それまでのクライミングで感じたことのなかった、『自分がクライミングをしている意味』のようなものに、そのときたどり着いた気がしたからです。

あの瞬間までの僕のクライミングは、『自分が登りたいから登っている』というものでした。ところが、27ピッチ目を登り終えたとき、全く違う思いを抱いていたんです。自分以外の人たちの思いや幼い頃からの人生観の全てが、クライミングの判断の一つひとつには宿っている。そんな感覚を得られるようになっていた。

「これで世界でも戦える力を得た」と確信できた

そこには、なぜ自分がサラテを登りたいと思ったのか、という問いに対する明確な答えがありました。この瞬間を味わうために、俺はこの岩に登りたいと思ったんだ、って。残念ながらオンサイトは成功しなかったけれど、みんなが納得できるひとつの『物語』を紡ぎ出すことができた、という感覚がありました」

27ピッチを終えて以降、『登る』ということの意味が、クリアになったと平山は続ける。例えば、翌日のクライミングでサラテの核心部に取りついたとき、彼は「力の出し方」を自分が身に付けていることを実感した。「未知」の壁を前にした際、それをどのように乗り越えるのか。「その能力がテクニックとして分かってしまったという感じ」だったと言う。

サラテでのオンサイトトライの後、彼はワールドカップで二度の総合優勝を果たしている。そうした大きな成果を勝ち取ることができたのも、27ピッチ目の経験があったからだと彼は語る。

「27ピッチ目のあのワンムーブを成功させたとき、僕は間違いなく『成長』したんです。そんなふうに登っている最中に自分の成長を実感したのは、クライミングを続けて来て初めての経験でした。ああ、これで世界でも戦える力を得た、とあのとき確かに思いましたから」

これを平山は「覚醒」と呼んだ。

彼は自らが抱えたサラテという「極地」に、最も美しいスタイルによってたどり着こうとするプロセスの中で、自身の内側に煮えたぎっていたクライミングという行為の「意味」をつかんだ。平山の表現する「覚醒」とは、言い換えればクライミングという行為によって、「生」の実感に彼が限りなく近づいた瞬間のことだとも言えるのだろう。