家庭での素顔は「子煩悩でおとなしい」
剛には、懲役17年の殺人より重い刑が課された。
剛は、細くて小柄な気の弱そうな男性で、前科前歴どころか喧嘩さえしたことがなく、暴力団などとは無縁だった。
「夫は、自分の意見を言うことはほとんどない、職場でも家庭でもおとなしい人でした」
剛は地元では有名な会社の職員であり、妻子もいる。
「小学生の娘がいるんです……」
妻の冴子は、あまりに突然の夫の逮捕に動揺を隠せなかった。
「子どもができてからは、確かに、セックスレスでした。犯行が始まったのは、その頃からです……」
冴子は事件を知ってから、自分を責め続けていた。しかし、剛が問題を抱えていたのは結婚するずっと前からで、その原因は、暴力的な父親の存在だったのである。
暴力を武勇伝のように語る父親
「あいつは本当に男らしくなくて、小さい頃から殴りつけて強くしてやったんです。それなのに、こんな馬鹿なことをするなんて……」
地域で有名な経営者の家に生まれた剛の父親は、学校の体育教師をしていた。地元の名士として、地域の少年スポーツの指導者にも取り組んでおり、子どもたちに容赦なく罵声を浴びせ、顔面に痣ができるまで殴るなど、いまの時代ならば、到底受け入れられない激しい暴力によって、チームを勝利に導いたこともあった。
剛の父親について、
「田口先生は熱血教師で、生徒のことを思って厳しく指導してくれていました」
と、指導力を評価する生徒や保護者がいる一方で、
「あんな人に育てられたら誰だってグレますよ。息子たちは、随分立派に育ったと感心していたんですが、案の定、こんな事件を起こすなんて……」
と、剛の蛮行は親譲りだと非難する人々もおり、評価は真っ二つに分かれているようだった。
剛にはふたりの兄がいるが、ふたりとも勉強もスポーツもよくでき、地元で有名な大学を卒業後、安定した収入を得て家庭も持っている。剛は幼い頃から喘息が酷く、活発に動くことができなかった。そんな剛に父親は、
「男だろ、なよなよするんじゃない!」
と、兄弟たちよりも行動の遅い剛に、殴る蹴るの暴力を加えていた。父親の暴言暴力は、剛に劣等感を植え付けただけだった。剛はなんとか大学は出たものの自分の力では正規の職に就くことができず、結局、親のコネを使って就職していた。