父の「謎のプレゼント」が現在の血肉に

ちなみに子どもの頃、父は欲しいものはあまり買ってくれませんでしたが、薬局に置いてあったカエルのケロちゃん人形を100体とか、大量の魚の醤油差しとか、よく変なものを買ったりもらったりしてくる人でした。子ども心にもどう遊んだら良いのかと唖然としたものですが、どうにかこうにかあるもので創意工夫して遊びを考える精神を培ってくれた気がします。

ドラゴンクエストが欲しい欲しいと言い続けた誕生日に買ってきてくれたのは、巨大な謎のアンテナのついた怪しいラジオでした。みんながスライムを倒してレベルを上げている間、仕方なしに謎ラジオをチューニングして北朝鮮かどこかの謎言語のラジオを聴いていた経験は、なにかズラした表現をする現在の僕の血肉になっているように思います。

流行りのものは“かぶらない”ために見ておくくらいでちょうどいいのかもしれません。

100人のうちの1人に狙いを定める

映像、とくに広告をつくるうえでマーケティングは避けられません。年齢層や性別といった属性で分けて、どの層をターゲットにして広告を当てていくかは常に議論になります。

でも、正直なことをいうと「20代女性のライフステージを想定した女性像」みたいな、マーケティングの資料に出てくるような人間なんて存在しないのではないかと思います。

自分の同級生を思い出してみても、ライフステージも個性も好みもみんなバラバラ。自分を含めて全員が同じ「40代男性」のマーケティングに入れられるのは、腑に落ちない気持ちになりませんか?

そんなふんわりしたターゲット層を狙っても、刺さるものはなかなか生まれません。100人のうち60人にうっすら届く作品よりも、1人か2人にしっかりと強く刺さるようなもののほうがぜったいに良いと思います。

たとえ全人口の1%だとしても、日本でいえば100万人を超える数です。

その人たちが強い熱量で「おもしろい!」「これは自分のためにつくられたものだ!」と反応してくれれば、今まで興味を持ってくれなかった人にも届くかもしれません。

だから、散弾銃のように大勢に当たるように放つよりも、ライフルのスコープをのぞき、たった一人のターゲットを狙い撃ちするようにつくるべきなのです。