そして、「生きなければ」と思えるような、支えになるようなパートナーや子どもがいない寂しさ、つらさを痛感し、大きな苦しみと絶望を抱えていました。そんなある日、Mさんは検査のために病院を訪れ、待ち時間の間に、本棚に置いてあった私の本を手にしました。
たまたま開いたページに、「あなたに支えがいなかったとしても、あなたは誰かの支えになれる」と書いてあり、Mさんは「そうか、私が誰かの支えになればいいのか」と気づき、がんを宣告されて初めて、人目をはばからずに泣いたそうです。
人は、ただ存在するだけで価値がある
Mさんは、「重い病気を患っていても、誰かの役に立とう」と気づいたりすることで、心の穏やかさを取り戻し、自分を肯定し、前を向いて生きる力を手に入れました。
今までのように動くことはできなくても、支えがなく絶望しても、一つでも誰かの役に立てることがあり、支えになることができれば、幸せを感じられる。
それはもちろん、とても素敵なことです。
ただ、私自身は、次のように考えています。
たとえまったく誰かの役に立つことができなくなったとしても、人には、ただ存在するだけで価値がある。そして、その人が生きている、今日という何気ない一日に意味がある、と。
大事な人をいたわるように、自分自身をいたわろう
近年、「セルフコンパッション(self-compassion)」という概念が、さまざまなメディアで取り上げられるようになっています。
セルフコンパッションとは、「自分自身」を意味する「self」と、「思いやり」を意味する「compassion」を組み合わせた言葉で、「ストレスや苦しみを抱えながらも自分自身を慈しみ、前向きな気持ちを維持すること、およびそのための方法」を指します。
現代はストレス社会だといわれていますが、特にコロナ禍によって社会全体の不安感が増したり、人との交流などが制限されたりしたことで、知らず知らずのうちにストレスを抱え込んでいる人が増えています。そんな中で、セルフコンパッションによるストレスの軽減に注目が集まっているのです。
そして私は、このセルフコンパッションの考え方は、自分自身を肯定し、受け入れるうえで、非常に有効だと思っています。たとえば、セルフコンパッションでは、自分自身を大切な家族や友人のようにとらえることがすすめられています。
自分を肯定できない人は、苦しみを抱えたとき、「なぜこんなこともできないのか」「この程度のことでくじけていてはだめだ」といった具合に、自分を責めてしまいがちです。しかし、人は、大事な人が悩んだり苦しんだりしているときには、優しい言葉や態度で接するはずです。
それと同じように、みなさんもぜひ、苦しみを抱えた自分、できるはずのことができない自分のことも否定せず、いたわり、丸ごと受け入れてあげてください。
自分を受け入れるためにディグニティセラピー
では具体的に、どのように自分をいたわればいいのか。さまざまなやり方がありますが、ここでは「ディグニティセラピー」を用いた方法をお伝えします。
めぐみ在宅クリニックでは、「ディグニティセラピー」を取り入れています。これは、「人生の中でもっとも大切だと考えている出来事は?」「大切な人に伝えておきたい言葉は?」といった9つの質問を参考にしながら、患者さんにご自分の人生を振り返っていただくというもので、カナダの精神科医であるチョチノフ医師によって考案されました。