新恋人のプリンスは夜遊びがたたって急死

親王と中級官吏の娘の火遊び――マスコミのない時代にも、これには沸いた。こんなとき、えてして上流階級の人間は図にのるもので、おっちょこちょいの為尊は、人の噂にへきえきするどころか、ますますいい気になったらしい。

賀茂の祭の日、二人がいっしょの車に乗り、わざと思わせぶりに式部の乗っている方のすだれを下げて、衣装だけをチラと覗かせ、都に話題をまきちらしたりしている。おそらく彼女が真の愛欲にめざめたのは、この遊蕩プリンスの濃厚な愛撫あいぶの味を知ったからではなかったか。

ところが、こんども――。突然の終止符がやってくる。親王が急死したのだ。そのころ悪性の流行病が広がっていたので、まわりはしきりに夜遊びを止めさせようとしたのだが、為尊はいっこうに聞きいれず、式部やそのほかの女性のところを遊びあるき、とうとう病気になってしまったのである。

突然中断された愛欲のなやましさ――それはやがて、彼女を次の恋へと誘ってゆく。相手は、為尊の弟、敦道親王。なき恋人ゆかりの人がなつかしく、式部のほうから歌を送ったのがきっかけになった。敦道も兄におとらぬプレイボーイだったが、なき為尊の喪もあけぬうちにこの年下のプリンスをさそったのは、まぎれもなく、彼女である。

「車の中の逢瀬」を千年前に実験していた

「あやしかりける身かな。こはいかなる事ぞ」

二人が結ばれたあと、彼女はこう言っている。自分で誘惑しておきながら、

「私って、どうしてこうなんだろう」

とは、いささか無責任ムードである。

親王にはすでに二人の妻があって、なかなか式部を訪れるのがむずかしいので、しめしあわせて、親王の別荘にゆき、そこで逢いびきしたこともある。女が出かけてゆくというのは、当時としては、あるまじき行為だったが、彼女はあえてそれをした。

大胆になった二人は、次には、親王がよその家に泊まっているとき、車宿くるまやどり(車庫といってもかなり広い場所だが)でデイトする。式部が迎えの車に乗り、車宿に入ったところへ、そっと親王が出て来て車の中でしのびあい――。

もちろん、召使いたちは、車の中に人がいるとは気がつかず、まわりをウロチョロしている。そんな中で、衣ずれの音にも気をつかい、息をひそめて求めあうスリリングなひととき――「クルマの中」はフロオベルのボヴァリー夫人以来、現在のポルノ小説まで、よくお目にかかる場面だが、かれこれ千年前に、すでに式部は実験ずみであった。

平安時代の車(写真=Askewmind/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons