習近平体制では“過激発言”が出世につながる

――薛剣総領事が外交官らしからぬ過激な言葉を使う理由は何なのでしょうか?

現在50代の薛剣総領事はおそらく、「バカじゃね?」みたいな軽い悪口を言うような日本語の会話を過去にあまり経験していないんです。友達となる日本人も、日中友好人士みたいな“上品”な人ばっかりですから(笑)。

なので、「戦狼外交」モードで日本やアメリカを罵ろうとすると、語彙がすくなくて「ウンコ!」「気ちがい!」みたいな表現になっちゃうのだと思います。ちなみに彼の過激ツイートの大部分は、本人が直接自分のスマホで書き込んでいるようです。最近はおとなしいですが、初期には深夜1時に投稿していた例もありますよ。ツイッターで言論の自由を行使するのが面白かったみたいで……。

提供=安田峰俊
2021年10月20日、インタビュー取材に応じた「戦狼外交官」中国駐大阪総領事の薛剣氏(右)と向かい合う安田峰俊氏(左)

――そもそも、彼が「戦狼外交官」として振る舞う動機はどこにあると思いますか?

ひとつは出世でしょう。1968年生まれという彼の年齢やキャリアから考えれば、総領事赴任の初期の時点(21年6月)では、活躍次第で駐日大使などより上のポストを狙える可能性があった。ネット上で戦狼的な言葉を発することで、自身の出世につながるという機会主義(日和見ひよりみ主義)的な計算もあったのでしょう。

ただ、別の理由もありそうです。往年の薛剣は江蘇省北部の農村から北京へと進学した泥臭い苦学生でした。これまでも、実は彼は日本で農作業を頻繁に行っており、素手でサツマイモを手掘りする、素人離れした速度でミニピーマンを収穫するなど、受け入れた農家に取材すると、エリート外交官らしからぬ「伝説」を数多く耳にします。

現在の中国の支配者である習近平は、性格やライフスタイル面で農民気質が強く、政策面でも農村重視の姿勢が見られる人物です。農村への愛着や思い入れという点からも、薛剣が習近平に対して心からの忠誠をささげている可能性も、意外と高いのではないかとも思えます。

「中国の池上彰」が日本に移住した理由

――習近平政権下では中国国内でも反体制派への締め付けが強化され、メディア業界も大きく変化しました。国営放送CCTVの元論説委員で、「中国の池上彰」こと王志安ワン ヂー アンは、2019年末に日本に移住して現在はYouTuberとして情報発信を続けているそうですね。

1968年生まれの王志安は薛剣と同世代で、89年の天安門事件に穏健派の学生リーダーとして参加した経験もあります。北京大学で中国近現代史の修士号を取得したのち、国営放送局CCTV(中国中央電子台)のニュース評論部に就職。09年からはニュース評論員(論説委員)として頻繁にテレビ画面に登場し、中国では誰もがその名前と顔を知る著名人でした。