長女の小学校入学

長女が小学生になると、吉野さんは毎日のように、「ねえねえ、学校どう? お友だちできた?」と、聞いた。すると、小学校入学を楽しみにしていたはずの長女は、「学校、つまんない」と答えた。

吉野さんは、「なんでつまんないの?  お友だちはどう?  仲良くなれそうな子とかいないの?」と食い下がると、長女は、「よくわかんない……」と顔を曇らせた。

「次第に私は失望していきました。成績なんてどうだっていい。明るく楽しく過ごしてくれればそれだけでいい。なのにそんな小さな望みを、なんでこの子は叶えてくれないの? と憤慨していました」

それは態度に如実に現れた。優しい言葉はもちろん、褒めもせず、口を開けば文句ばかり。

「早く宿題しなさい」「早く着替えなさい」「早くお風呂に入りなさい」「プリントは出したの?」。口うるさい小姑のように、長女のあら探しをしては怒った。

「かけっこで1番になっても、『そんなの当然でしょ?』。テストで100点を取っても、『まだ簡単なことしか教わっていないんだから当たり前!』。それでも長女は口答えせず、一生懸命、私の言いつけを守ろうとする。早くやろうと頑張る。でも、できない。私は苛立つ……。長女は、この頃にはすでに、エネルギーを私に奪われていたのです」

時折長女は、「お母さん、大好き!」と言った。それでも吉野さんの心は動かなかった。無表情で、「ああそう。ありがとう」と答えていた。

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「自分は普通だと思っていました。のび太のママや、クレヨンしんちゃんのみさえと一緒。子どもが親の言うことを聞かなければ、怒るのは当然。自分がひどい親だなんて、みじんも思っていませんでした」

「なぜうちの子だけが暗い顔で、つまらなそうに生きているの?」。湧き出す感情は抑えきれず、全部長女にぶつけていた。

自分の仕事優先の生活に

一方、人見知りが激しかった次女は、慣らし保育を経て、幼稚園にすぐに馴染んだ。時間ができた吉野さんは、飲食店でパートを始めた。

「育児とは違い、人の役に立てることが嬉しかったし、感謝されることが快感でした。夫は何も言いませんでしたが、働いていないことで何となく肩身が狭かったので、自分でお金を稼ぐことは自信につながりました」

これまでアルコールや夫に依存し、長女を執拗しつようにコントロールしようとしてきた吉野さんは、今度は仕事にのめり込んでいく。

子どもよりも仕事を優先し、子どもたちの体調が多少悪くても休ませず、土日も仕事をするために習い事やイベントに行かせ、母親やママ友に送迎を頼んだ。子どもたちを残していくことに罪悪感があった吉野さんは、罪悪感なく仕事に打ち込むために、手段を選ばなかった。そして、子どもたちの意見は一切聞かなかった。

同じ頃、生まれ変わったかのように元気になった妹に会う機会が増えた。母親が嫌いだった吉野さんは、子どもの頃から事あるごとに妹に話を聞いてもらっていたが、その日も吉野さんは、妹に仕事の話を聞いてもらっていた。

吉野さんが語り尽くした頃、突然妹が言った。「お姉ちゃん気付いてる? 長女ちゃん、目が死んでるよ? ちゃんと長女ちゃんと向き合ってあげて」。

「内心、動揺しました。でもすぐに、『妹は考えすぎなんだよな』と思いました。当時の私は、仕事さえうまくいっていれば他のことは目に入りませんでした。だから、妹の警告を無視したのです。このとききちんと受け止めて、まだ幼い長女と向き合っていたら、こんなに長く、辛い思いをさせなくて済んだのにと思います」