過去に責任を問われた「TBSビデオ流出問題」

他の記者チームが取材していた案件がいよいよ記事になるという最終段階になって、最後の裏どりが必要になったときだけいきなり記事の概要を聞かされ、証拠を持って相手の言い分を聞きにいく取材を命じられることも多々あった。

新聞社では基本的に隣の記者が何を追いかけ、何を取材しているのかもわからない。その日の編集会議で大型の特ダネが予告されたときに初めて知るというケースはよくあった。

同じ社内の記者同士なのに追いかけているネタや取材先がバッティングするケースもあったが、その「非効率」よりも取材源を特定されないようにすることの大切さが優先されていたように思う。

NHKのメモ流出はこれだけ赤裸々な取材メモが取材に直接関与していないスタッフにまで閲覧可能な状態で置かれていた。ここにマスメディア業界の変化を感じてしまう。

ここでよく比較に持ち出されるのはTBSが坂本堤弁護士らのインタビュービデオをオウム真理教関係者に見せた一件だ。TBSの番組プロデューサーら責任を持つ者が抗議活動に訪れた早川紀代秀元死刑囚らに見せたというものだが、文脈は大きく異なる。この一件については、江川紹子氏の検証記事に詳しく記されている。

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取材の効率化にはリスクが伴う

坂本事件の実行犯の1人であり元死刑囚の早川紀代秀の証言によれば、TBSの番組プロデューサーらは教団関係者が出演する番組の構成を協議するなかで、自発的に坂本堤弁護士の取材ビデオを見せたとされている。

TBS側は「教団側が執拗に『見せてくれ』と迫ってきたので仕方なく見せた」と主張しており、早川元死刑囚の証言とは食い違いがある。だが、江川氏も指摘しているように、敵対している相手に取材内容を事前に見せることは取材倫理を逸脱している。取材した内容を教団との交渉材料に使ったTBSの責任は重い。

一方で、今回の件は番組のテロップ係のスタッフによる独断の取材メモの外部流出だ。NHKの責任も重いが、流出の経緯や文脈を考えれば両者を比較することが適しているかはやや疑問が残る。

より類似のケースが起きそうなのはどちらか、と問うてみれば明らかに後者だろう。NHKは巨大な組織であり、情報共有や取材のバッティングを避けるために効率が大切なのは否定しない。メモに閲覧制限をかけたり、パスワードや二重認証を求めたりすれば効率は犠牲になれど、ある程度問題は解決するだろう。企画書は概要のみ共有し、メモなど詳細な取材内容の把握は一部にとどめるのもいい。

だが、最も重要な問題は放置され続ける。新聞社で当時の私も含めて“非効率”を受けいれていた背景にあったもの。それは全員が同じ社内で記者教育を受けた正社員の記者であったこと。これである。