自身にあったいくつものif

このような土壌の上に生まれたのが『源氏物語』である。一部は宮仕え前から書いていたとされ、その評判から道長にスカウトされたと言われているが、いずれにしても、時代設定とされる醍醐天皇の御代は、紫式部の先祖が最も輝いていた時節に重なる。

曾祖父・兼輔の娘・桑子が生んだ章明親王がもしも政治的に成功していたら……

もしも彼が出世していたら……

彼の娘が天皇家に入内して生まれた皇子が東宮にでもなったら……

大塚ひかり『嫉妬と階級の『源氏物語』』(新潮選書)

あるいはもし、紫式部自身が道長の娘を生んで、その娘が高貴な正妻に引き取られ、天皇家に入内したら……

といった仮定をベースに、過去の人物だけでなく、皇后定子や敦康親王等々、紫式部と同時代に生きていた人々をもモデルにしながら、いくつものifを心に浮かべ、紡いでいったのが『源氏物語』ではないか。

作者と作品を結びつけて考えることについては異論もあろう。『源氏物語』の登場人物や設定に典拠を求める中世以来の研究には批判もある。しかし『源氏物語』については、作者と作品を結びつけて初めて見えてくるものがあると私は感じる。

『源氏物語』は、紫式部の先祖にまつわる「ifの物語」と見ることもできる、と。

なぜ光源氏の母は最低ランクの階級だったのか

その第一歩として彼女は、主人公である源氏の母を、先祖筋の桑子と同じく「更衣」という天皇妃の最低ランクの階級に設定した。

さして重い家柄ではないにもかかわらず、ミカドの寵愛を一身に受ける女。

それゆえ人々の嫉妬を一身に浴びる女。

女はこれからどうなるのか。

世代を重ね、移り変わるにつれ、女の子孫はどうなっていくのか。

長い大河ドラマの始まりである。

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