せっかくの歴史ドラマを台無しにしている存在
このところ、当初にくらべると骨太の描写が多くなったように感じられる。NHK大河ドラマ「どうする家康」である。なにより松本潤演じる徳川家康が貫禄を増し、ドラマが引き締まった。また、ムロツヨシが欲望に突き動かされる羽柴秀吉を快演している。酒井忠次(大森南朋)、本多忠勝(山田裕貴)、榊原康政(杉野遥亮)、井伊直政(板垣李光人)の徳川四天王も、よい意味で存在感を増している。
それだけに、このドラマの背骨を構成し、登場しなくなってもドラマの流れに大きな影響を与え続ける人物の存在が残念に思われる。本能寺の変を3年さかのぼる天正7年(1579)に死去した家康の正室で、有村架純が演じた築山殿(ドラマでは瀬名)だ。
家康とは不仲で、徳川家への謀反にも関与していたと考えられる築山殿を、平和な世を希求しながら理不尽に命を奪われた殉教者のように描いたことが、のちのちまでドラマに負の影響をおよぼしている。
第34回「豊臣の花嫁」では、家康の重臣だった石川数正が秀吉のもとへ出奔したのも、亡き築山殿の遺志をいかす最良の方法を家康に伝えるためだった、という描き方になっていた。それは秀吉とどう向き合うかについて話し合う評定の場面だった。
主戦派の本多忠勝が「何年でも戦い続けて領国を守り抜く」と主張すると、酒井忠次はこう言った。「本当に勝てると思うか? どんな勝ち筋があるというんじゃ。殿も本当はわかっておられるはず。われわれは負けたのだと」。
石川数正の出奔理由は築山殿という設定
ここまではいいが、忠次は言葉を継いだ。「それを認めることがおできにならぬのは、お心を囚われているからでございましょう」。本多正信(松山ケンイチ)が「なにに?」と尋ねると、忠次は返答した。「いまはなきお方様と信康様。そうでござろう」。「お方様」が築山殿を指すのはいうまでもない。
否定せずに「悪いか? もうだれにもなにも奪わせぬ。わしが、わしが戦なき世をつくる。2人にそう誓ったのじゃ」と答える家康。すると忠勝も「殿を秀吉に跪かせたら、お方様に顔向けできぬ。」と言い、榊原康政も続いた。「殿を天下人にし、戦なき世をつくる。それが平八郎(忠勝)と私の夢だ」。
そこに、なぜか側室の於愛(広瀬アリス)が入ってきて、「お方様がめざした世は、殿がなさなければならぬものなのでございますか。ほかの人が戦なき世をつくるなら、それでもよいのでは」と訴えた。
家康と重臣たちの評定に側室が乗り込むなどありえないが、ともかく、押し花を顔に近づけて忠勝は「数正にはそれが見えておったのかもしれんな。自分が出奔すれば戦はしたくてももうできぬ。それが殿を、みなを、ひいては徳川を守ることだと」と感想を漏らしたのである。