結局、困難を乗り越える力となるのは日々、一歩一歩努力を積み重ねて形成した自分自身しかありません。その意味で困難を跳ね返す力とは、自分の人生の凝縮から生み出されるものです。著者が「天は自ら助くる者を助く」と言っている真意も、そこにあるのだと思います。
最近、花王が直面した困難といえば2009年、エコナ油にグリシドール脂肪酸エステルが一般食用油に比べ多く含まれているのがわかり、エコナ関連製品の一時製造・販売中止を決定したことが思い出される。
グリシドール脂肪酸エステルそのものは、安全性への懸念を指し示す報告はないものの、体内で発がん性物質に変化する可能性が指摘されており、現在はEU、アメリカ、日本の産・官・学と協働し、健康への影響について究明が進められている。
エコナの問題が発生したときも、私は『自助論』を読み返し、自分が信じる道を行かなければいけないという思いを強くしました。私たちとしては、エコナは長年にわたりいろいろな試験をクリアしたうえで世に出している商品ですから、食品としての安全性には非常に自信を持っています。
しかし後発事象として、グリシドール脂肪酸エステルが発がん性物質に変わる可能性がドイツで指摘されました。ならば、身体への影響を解明していかなければならない。この点をきちんと調べないと、消費者の方たちの安心感が得られません。身体への影響を解明するには、客観性が重要です。私たちだけでやっても駄目で、第三者の研究が必要になります。
品質という問題に対して疑念があってはいけません。花王は品質が一番の基本であり原点ですから、品質に疑念が出たらまず払拭することが基本中の基本です。そこで疑念を払拭できるまでは販売を一時取りやめて、払底できたときに再発売することを決めました。
販売の取りやめという判断は過去、同様の問題に直面した会社はそうしてきたと思いますが、私たちが想定していた以上に大きな反響がありました。会社や社員が疑いの目で見られたのですから、これも非常事態であり、大きな困難でした。
しかし、私たちは長年にわたって品質を追求する努力を続けてきたという真実に基づく自負があります。
その真実を拠り所として、私たちは前に進むことができる。そう自分に言い聞かせ、自分の信じる道を進んでいこうと考えました。
製造・販売の一時中止に関しては、安全性に自信があるのならそのまま販売を続けてもよいのではないか、あるいは問題の物質を徐々に減らしていけばよいのではないか、という考え方もあります。
しかし、大切なのは誠実さです。完全な納得を得られていない中で「この商品は安全である」と自分たちの主張を押し通していくことは、自分たちに対して忠実ではあっても、社会に対して誠実であるといえるでしょうか。
やはり第三者によっても安全性の評価が科学的に説明され、納得を得られるようにしてはじめて、誠実であるといえると思います。