部下からの訴えを受けて何らかの懲戒処分を行えば、その後、彼らを重要なポストへ就けることは難しくなる。その結果、会社の将来を背負って立つべき人材の能力を存分に活かせず、会社全体のパワーがダウンする。ちなみに会社内で事を収めようとすると、パワハラを行った上司に科せられる示談金の額は数百万、なかには500万円を超えるケースも珍しくない。その交渉の過程で、今度は上司が精神的ダメージを受けることすらある。
また、未払い残業代の問題と絡んでくるリスクもある。会社経営の現場に詳しい永塚弘毅弁護士は「上司のパワハラを避けるため早朝出勤や深夜残業を行い、後から未払いの残業代を請求してくることがありえる。未払い賃金には年6%の遅延利息が付くうえに、退職時までに支払っていないと退職日の翌日から年14.6%に跳ね上がる。また裁判になると、未払い賃金と同額の付加金の支払いを命じられることもあって、支払いが数百万円に膨れあがることも考えられる」と指摘する。
上司は気負いすぎない、それが防止の近道に
ことほどさようにパワハラは、人材、コストの両面で会社にとって看過できない問題になっている。では、会社としていま打つべき手とは何か。
クオレ・シー・キューブの岡田代表は「古態心理学(パレオサイコロジー)の研究者であるA・ベイリーがいうように、攻撃行動は哺乳動物の種に内在する行為であること、つまり人間である限り、誰もがパワハラをしてしまう可能性があることを前提に、自分自身の心理や言動を振り返ってみることが大切だ」と語る。岡田代表は研修に参加した上司の人たちに「部下に対して肯定的な発言と否定的な発言のどちらが多いですか」と尋ねる。すると、「否定的発言ばかりだった」という回答も珍しくないという。
以前のように強い人間関係で結ばれていた会社組織であれば、厳しい叱責を上司が行っても、部下は「自分を鍛えるために、あえて振ってもらった愛のムチ。何としてでも、それに応えなくては」と考えたもの。それだけ両者は信頼の絆で結ばれていたのだ。