ペットを飼えるのは全世帯の3分の1

日本の全世帯の半分以上の人たちが「条件や環境が整えばペットを飼いたい」と考えているにもかかわらず、実際にペットを飼うことができている世帯は約3分の1しかないというデータもあります。住宅環境、アレルギー、不在の時間が長くペットに寂しい思いをさせたくない、老後の世話、ペットロスへの不安など、さまざまな理由があります。

さらに、ペットを幸せにするためには、飼い主が生活を大きく変える必要があります。

しつけによって動物が人類の生活スタイルに歩み寄れる範囲は、ほんの一部分に過ぎません。人類が生活パターンをあまり変えない場合、動物に我慢を強いることになります。すると、そのうち問題行動が発生します。オーナーがペットのために生活を十分に変える。そのうえでしつけもしっかり行う。そして初めて良い関係を築くための土台ができるわけですが、そこまで大きく生活を変えられない人も多くいます。また、ペットを飼うことができた場合でも最愛の存在を失うつらさを経験すると、その後は飼えなくなる人も多くいます。

「人間を必要とするロボット」が必要ではないか

ここで、ぼくのなかで点と点に過ぎなかったアイデアが結びつきました。

「人に寄り添うこと」が目的のロボットがいれば、多くの課題を解決できるのではないかと。

生産性や利便性を向上するための作業を、そのロボットが自ら担うことはありません。ただ、「オーナーのそばにいる」という1つの目的のためだけにすべてを賭けて生み出されたロボットだからこそ、できることがあるのではないか。

これまでの生産性至上主義における価値観では「役に立たないロボット」だったとしても、そのロボットは、実はかなり多くの生活課題を解決できるはずだと考えたのです。

ロボットはアレルギーもないですし、留守中の心配もありません。(これはあとで述べたいテーマでもありますが)死ぬことも稀です。

ペットと同じように人類に懐き、人類に気兼ねなく愛でてもらい、人類に世話をしてもらう。そんな「ぼくらを必要とする」ロボット。

出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

人類がテクノロジーを必要としてきたように、今度は「テクノロジーのほうが人類を必要とする」ことで、多くの人が本来は持っている「他者を愛でる能力」を引き出し、開花させることができたら。

これこそが、テクノロジーと人類の新しい共存方法の1つなのではないか――。

たとえ利便性の向上に寄与できなくとも、それだけで十分に務めが果たされる。そして、そんな存在であれば、現在のテクノロジーを総結集すれば実現できるかもしれない。