記憶は勉強中ではなくテストのときに定着する

記憶は学習中に形成される。テストは記憶を評価するために有効である。そんな考えは間違っている──。この挑発的な文章から始まる論文が『サイエンス』誌(2010年10月)に掲載されました。ケント州立大学のパイク博士が著した論文(*2)です。

彼女は「テストを行うことが記憶を長持ちさせる効果を生む」と自身の実験データをもとに主張します。

テストが記憶によい効果を及ぼすことは、すでによく知られています。たとえば外国語の単語数十個を1日で一気に暗記する場合、単語リストを繰り返し学習するだけでなく、ときおり確認テストを交えながら習得すると、覚え込むまでの総時間は変わらないものの、1週間後の記憶の成績が3倍ほどに跳ね上がります。テストにより記憶が長期化するわけです。

パイク博士は、テストによる記憶増強がなぜ生じるのか調べるため、巧みにデザインされた試験を学生118人に対して行いました。その結果、テストを受けるときは、単に問題に答えるだけでなく、解答を導くためのヒントも同時に脳内で作り上げることがわかりました(*3)

つまり、ある単語を思い出すために、母国語の単語を駆使しながら、意味や発音が似ている単語を連想するなど、さまざまな工夫を自然に行います。この連想された単語グループが、覚えなければならない単語と組み合わさり精緻化されるという仕組みです。

知識は、ただ詰め込むのでなく、使ってみるほうが、はるかに脳にとって重要というわけです。

(*2)Pyc, Rawson(Science 2010). Why testing improves memory: mediator effectiveness hypothesis
(*3)Karpicke, Roediger HL(Science 2008). The critical importance of retrieval for learning

一度覚えたら忘れないネズミの実験でわかったこと

覚えたことをいつでも忘れない抜群の記憶力──。そんな能力を手にしたら、今度は状況が変化したときに以前の記憶が邪魔をして新しい環境への順応ができなくなる。そんなデータが『サイエンス』誌で発表されました。欧州神経科学研究所のディーン博士らがネズミを使って示した研究(*4)です。

写真=iStock.com/gorodenkoff
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記憶はシナプス(神経細胞間の結合部)の重みの空間に蓄えられます。つまり、特定の神経細胞が強く結びつくことが記憶の実体です。結合が徐々に弱まると、記憶が褪せてゆき、いずれ思い出せなくなります。これが忘却です。

忘却は、シナプスの経年劣化ではなく、神経伝達物質のアンテナ分子(受容体)がシナプスから除去される積極的な現象で、正常な生理機能として脳に備わっています。ディーン博士らは受容体が除去される分子メカニズムを突き止め、そこに必要な分子の遺伝子を削除しました。シナプスの強度が弱化しない脳を持つネズミの誕生です。予想通り、このネズミは忘却できませんでした。

一度覚えたら忘れない──羨ましいと思いきや、さまざまな不都合が見えてきます。たとえば、給餌きゅうじ所が変わると、新しいエサ場を覚えることができたものの、以前のエサ場を忘れることができず、相変わらず探してしまいます。過去と現在の区別がつかないのです。

(*4)Awasthi, Dean(Science 2019). Synaptotagmin-3 drives AMPA receptor endocytosis, depression of synapse strength, and forgetting