猫ならかわいいが、子どもがかわいいと思えない
子どもは誰が見てもかわいいものだという奇妙な“常識”も、欠落感を刺激するものだ。
自分は子どもを、そんなにかわいいと思えない。
「あの人は子どもが嫌いみたいだから」と敬遠されたくないので、「子どもは好きだが」などと書いたこともあるが、本当はそれほどでもない。
猫ならかわいいと思うのに、自分としても不思議なことだ。
ただしある特定の状況では、「子どもがいれば」と思うことが何度もあった。
自分は家事をしながら暮らしているので、いわゆるママさん層とは興味関心が近いほうだ。地域で活動もしているので、ママさん界隈の人たちにもよく接する。
例えば、ある地域の小さなイベントでのこと。休憩時間に他の数人のママさんたちと話しはじめた。しばらくすると子育てが大変という話になり、まったく口を出せなくなった。その話が終わると次は学校の話と、延々と子ども関係の話が続いた。
他に逃げ場もなく、自分は気まずい相槌を打ちながら休憩時間をすごした。
「子どもがいないつらさは、周囲からの圧力によるところも大きいのかな」と感じる時だ。
自分にはいわゆるママさん層の友人が少ない。望ましいことではないけれども、自分が見る限りでは地域でも、子どものあるなしで人間関係はかなりはっきり分かれている。
一生子どもを持たない人は3~4割になる
生涯子どもを持たない人は何割くらいいるのだろう?
ある調査によれば、2010年の段階で男性3割、女性が2割だった。それが2035年には、男性4割、女性3割に増える予測だという(※1)。
4割、3割という数字を見ると、これほど多くの人が幸せになれないはずはないなと思える。
海外ではどうだろう。アジアの先進国は、のきなみ少子化に悩まされている。韓国は出生率の低さでは世界一だが、台湾、香港、シンガポールも同じくらい低い。
驚くなかれ、これらの地域はすべて、2018年世界の出生率のワースト5に入っているのだ。低い低いと言われる日本はそれよりも少し高く、19番目の低さとなっている。
欧米の先進国も下位にずらりと顔を並べていて、上位百位以内には、開発途上国の名前しかない(※2)。
豊かとされる国では、人は子どもを産まなくなっているように思えないだろうか?
生物界全体を見てみよう。繁栄して数が増えている生物でも、無限に増えていかないのはなぜなのだろう。ネズミはネズミ算式に無限に増殖せず、必ずどこかで止まってしまう。
個体の数がいっぱいになってくると、食べ物がなくなったり空間が狭くなったりして、おのずと増えかたは減ってくる。典型的には、初めはゆっくり増えて、増殖期に急激に上がり、またゆるやかな横ばいになる。この曲線はSの字のようになる。
そして人間も生物だ。やはりこういうグラフを描くとされている。経済が成長している段階では、だいたいどの国でも人口は増えているが、やがてはその傾向も止まって、横ばいになるのだ(※3)。
明治時代から日本でも、人口はいきなり増えた。グラフを見れば、明治に入ってからの急角度の増えかたには誰でも驚くだろう。
人口はそのまま増え続けていたが、15年くらい前からとうとう減りはじめた。