会長職前後の「島耕作」でセックスシーンが減った理由

そのほかにも良寛や一休さんも70歳を過ぎてから恋愛を愉しんでいたようですから、仏に仕える身であっても性の道は大いなる関心事なのでしょう。

女性への情熱とは別に、ピカソと一茶に共通しているのは、精力的な仕事振りです。ピカソは91歳で亡くなる際まで絵筆を握っていました。創作意欲は絵画にとどまらず、版画、彫刻、陶器など10万点を優に超える作品を残しています。まさにあふれ出るエネルギーです。

一方の一茶は病気がちだったこともあって65歳で亡くなっていますが、江戸の平均寿命からすれば十分に長寿の部類です。多作の俳人として知られており、松尾芭蕉の作品が生涯で一千句余り残っているのに対して、一茶は二万句を超えています。

女性が創作意欲の糧になっていたのか、あるいはもともと漲るほど精力があったのか、真偽は不明ですが二人とも仕事にも女性にもパワフルだったのです。

さて、島耕作は会長職に就く前後くらいからセックスのシーンが減っています。作者としては、ごく普通に考えて「もうあまりしないだろうな」と思うからです。

一般的に男性の「打ち止め」は60歳くらいでしょうか。もちろん個人差がありますから、50歳半ばで“引退”する人もいれば歳くらいになっても現役の人がいるはずです。

個人の肉体的な能力だけではなくて周囲の環境(平たくいえばセックスをしたい相手がいるかいないか)によっても引退時期は変わってきます。

「もう色恋はどうでもいい」が老化につながる

バイアグラやさまざまなサプリメントの登場によって、この時期も変わりつつあるようです。インターネットには常時、この手の広告が掲載され、最近は大手の新聞広告にも堂々と「男のパワーが甦る!」的なコピーが踊っています。

「そんなに需要があるのだろうか?」

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そう感じますが、いずれにしても幾つになっても(体を壊さない程度で)セックスを愉しむことはいいことでしょう。だから、たとえ挿入までに至らずとも、セックスへの関心だけは持ち続けるべきです。擬似恋愛、擬似セックスは間違いなく若さを保つ秘訣でもあるからです。

友人、知人の中には男同士で山に登ったり、温泉に行ったりするグループがあります。年に数回、飲んで食べて温泉につかるのは格好のリフレッシュ法でしょう。でも、いつも男同士であきませんか? と私は思ってしまいます。

そんなとき、年齢は関係なく少し気を惹かれるような女性が加わっていたら旅行はいい意味で刺激的になります。

男として、よい印象を与えたいという気持ちやオスとしての本能が頭をもたげ、グループ内にわずかな緊張感も出るかもしれません。いつも同じ顔ぶれで、同じ話をして笑い合っているより、愉しいに決まっています。

「恋愛なんて終わった」「もう色恋はどうでもいいよ」と思うようになったらそれは老化のステップを一段上がっています。