急激な方針転換にはシンボルが必要だった
中国共産党は毎年12月、中央経済工作会議を開催する。経済分野における、もっとも重要な会議だ。会議後に発表されたコミュニケには次の一節がある。
「法に基づく民営企業の権益と企業家の権益を保護する。各地方政府のトップ・幹部は民営企業の難題を解決し、支援し、汚職はないながらも親しみのある政府と企業の関係を築かねばならない」
これは昨年までのコミュニケにはなかった一節だ。「企業家の権益の保護」を打ち出すことで、苛烈な規制の嵐が終了したとのメッセージを送っている。
このメッセージをさらに強く打ち出すために必要だったのがジャック・マーの帰国だった。民間企業家のシンボルであり、また規制の発端ともなったジャック・マーが戻る意義は大きい。
ジャック・マーの帰国は反転攻勢の狼煙になるか
責められる立場から一転して求められる立場に変わったジャック・マーだが、どうやら自分の価値を安売りしていなかったようだ。
ブルームバーグは3月27日、ジャック・マーが中国政府のたびかさなる帰国要請を固辞していると報じた。実際はまさにその日に中国で姿を現したため大誤報となってしまったのだが、あながち飛ばし記事ではなかったとささやかれている。ジャック・マーは帰国直前、香港に滞在していた。その後、日本に向かう予定をキャンセルして電撃帰国したという。
前述のVC投資家は「中央経済工作会議から3カ月、中国共産党は一刻も早い帰国を望んでいたはず。それをここまで焦らしたのは好条件を引き出すための交渉術だ。つまり、アリババの安全を勝ち得たことを意味している」と話す。
安全が保障されるまで、アリババは目立つビジネス展開を控える必要があり、ライバル企業の攻勢にさらされても反撃することはできなかった。アリババのEC売り上げがマイナスに落ち込むなか、業界2位のJDドットコム、3位の拼多多(ピンドゥオドゥオ)はプラス成長を続けており、シェアは下がっていた。新たな成長分野であるクラウド部門も成長率が大きく鈍化している。
政府との取引を終えたアリババは、今後大々的な反転攻勢に転じるだろう。その起爆剤となるのが組織再編だ。ジャック・マー帰国の翌日となる3月28日、アリババは事業ごとに分社化する構想を発表した。過去1年にわたる事業再編で、クラウド、中国国内EC、ローカルサービス(マップアプリ・口コミ・旅行予約)、物流、グローバルEC、デジタルメディアの六大事業部に再編されていたが、今後は事業部ごとに分社化し、それぞれIPO(新規株式公開)することを目指している。
この分社化構想は巨大企業による独占禁止という政府方針に花を持たせるものでもあるが、それ以上に小回りの利く体制を築き、アグレッシブな成長を目指す意味合いが強い。ジャック・マーは自らの帰国というカードを切ることで、反転攻勢の条件を整えたといえる。一代で中国最強のEC帝国を作り上げた男はやはりただ者ではない。