「日本が好きで来たのに」と答えるのは本心ではない

こうしたステレオタイプの報道と相性がいいのが、ベトナム人の「お手本文化」です。すなわち、取材者を前にすると、ベトナム人たちは「日本が好きです」「日本の技術は発展しています」「夢があります」といった紋切り型の言説を、ひとまず口にします。

これは中国にも共通するのですが、儒教文化圏は「お手本文化」圏なんですよ。自分の頭で考えたことではなく、相手が望むことやその場において好ましいとされるスローガンをとりあえず口にする。でも、しょせんお手本なので、実はそれ以上の言葉は続かない。20分くらいビールを飲んで冗談を言い合ってから、日本に来た理由をベトナム語で尋ねれば「カネのため」「日本に興味なんかない」としか言わない人が大部分になります。特に男性はそうですね。

――技能実習制度の矛盾がボドイを生んだのであれば、日本はもう「労働者としての移民を受け入れます」と声高らかに宣言したほうがいいんじゃないでしょうか。

【安田】それは悩ましい問題です。技能実習生って職業選択の自由も移動の自由もなく、要は基本的人権が制限されているわけです。一方で、その基本的人権を奪っているからこそ、過疎地域や中小企業の労働力が充当されている現実があるんですよね。

基本的人権が保証されたまともな移民労働者だったら、過疎地域なんかで働かずに、当然東京や大阪で働く。彼らも人間なので、日本の若者と同じく、自分の意志で田舎の山奥や、給料が異常に安い中小企業で働きたいとはあまり考えない。さらには彼らに基本的人権を与えて自由競争にした場合、給料もそれなりに払わなくてはいけません。

日本社会は“ボドイ依存”よって成り立っている

現状、ファミレスの総菜もコンビニ弁当も技能実習生かボドイが作っている場合があるわけです。技能実習生の基本的人権を奪っているからこそ、あの値段が実現できている。仮に彼らの人権を尊重して、職業選択と移動の自由を認めた場合、日本の地方産業は軒並み崩壊します。その上で生き残る産業もあるかもしれませんが、その結果は大幅な物価高として反映される。いまの日本にそんな選択はできないでしょう。外国人の人権のために、牛丼の並が1000円になってもいいと言い切れる日本人は多くありません。

撮影=プレジデントオンライン編集部
プレジデント社でインタビューに応じる安田峰俊氏

――本書には、「あと15年でボドイは消える」とありました。これから先15年、日本はどうなっていくんでしょうか。

安田峰俊『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(文藝春秋)

【安田】中国人の技能実習生が減少したように、ベトナムの経済が発展して日本との格差が縮小すれば、ボドイは結果的に日本社会から消えるでしょう。さきほどもお伝えした通り、彼らが日本に来る動機はお金なので、ベトナムから見て日本が稼げない国になれば、出稼ぎに来る必要はなくなります。書籍では「あと15年でボドイは消える」と書きましたが、もしかしたらボドイが消えるまでにあと5年もかからないかもしれません。

ただ、ベトナム人の代わりにカンボジア人なりネパール人なりが増えるだけで、「ボドイ的な外国人」は常に生まれ、存在し続けるはずです。世界のどこの国からも、出稼ぎする価値がないと判断されるほど、日本が貧しくなるそのときまでは。

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