メルカリで日本人に売る理由がまったくない

【安田】また、Facebookのボドイコミュニティーを使えば同胞にいくらでも売れます。ここは車検の通っていない車が売っていたり、飛ばしの携帯電話や麻薬まで売られていたりと無法地帯化しているのですが、警察の捜査は必ずしもスムーズではなさそうです。一応、存在は知っているみたいですがマンパワーが足りていないのとベトナム語を理解できる人が少ない。

捜査するとなればアカウントの照会をしないといけないでしょうが、したところで登録されている電話番号がベトナムのものだったらどうするんですかっていう話です。

――そうなると、盗んだ桃をわざわざメルカリで日本人に売る必要性がひとつもないですね。

【安田】そういうことです。メルカリならアシがつきやすいですし、そもそも「怪しい日本語」であっても日本人とメッセージのやりとりができる能力がある人は、そんな危ないことはあまりやらない。桃の窃盗も家畜の窃盗も苦労の割にたいした金にはなっていないはずなんですが、日本人社会から隔絶している同胞のコミュニティー内で市場が成立するからやるんですよ。そういったボドイの全体像を警察がまだつかみきれていない面はあると思います。

メディアは「かわいそうな弱者」を求める

――「テキ屋」も「メルカリ」も、警察の間違った解釈に引きずられる形で私たちも勘違いしてしまったと思うんですが、ほかにも世論がボドイに対して見誤っていることはありますか。

【安田】本当に悪かどうかはともかく、いまや日本では「中国は悪」という設定は、実質的に国民のコンセンサスとして存在するじゃないですか。すると、「在日中国人の犯罪やマナー違反を許すな」といったことも、公共圏で容赦なく言えちゃう。極論、差別意識から出ただけの排外主義的な言説ですら、大義というオブラートに包んで言えてしまう。でも、在日ベトナム人に関してはそれが真逆なんです。排外主義とは関係がない現実的な問題点の指摘すら、なんとなく難しい。

そもそも、技能実習生をはじめとしたベトナム人の労働者はお国の政策で呼んできた人間という前提があるので、自動的に「かわいそう」という属性が付加され、そんな存在がやむにやまれず犯罪に手を染めたという図式になる。なので、どうしても突っ込み不足になるし、下手すると取材をする前から同情的立場になってしまっているフシまであります。

気合いの入ったボドイたちがSNSにアップロードしている写真
画像提供=安田峰俊
気合いの入ったボドイたちがSNSにアップロードしている写真

――新聞記者やテレビ番組、一部のジャーナリストなどの言動を見てみると、「技能実習生が職場でいじめ、差別、暴力に遭っているケースが後を絶たない」としているものが目立ちますよね。

【安田】技能実習先から逃亡するベトナム人は後を絶ちませんが、いじめや暴力を原因とするものは多数派ではないんですよ。どうしてもそっちのほうがショッキングですし、人々の怒りをかき立てやすいです。ベトナムは中国とは違って「悪」の存在ではない。となると、わかりやすい人権侵害や、かわいそうな弱者という設定を強調するほうが、報道を作りやすいんです。