3 対象を観察する力

3番目は対象を見る力である。日本画の修練を積んだ彼女は「漫然と見る」のでなく、風景でも、芸術作品でも、人物でも、徹底的に見る。画家の目で、対象の全体とディテールを観察している。

大和ハウス工業創業者の石橋信夫は透明な液体の入ったコップを部下に見せて、感想を問うことがあった。その際、「コップに水が入ってる」と答えた部下に対して、「それでは創造はできへんゾ」と言った。

「コップのなかはただの水か、あるいは酒か、分量は? 温度は? そこまで観察をつきつめなんだら、新しいアイデアは生まれてくるものではない」(『先の先を読め』文春新書 樋口武男)

大和ハウスを育てた石橋が努力して身に付けた「見る力」をユーミンは絵と音楽を創作する過程で自分のものにした。

何かを創造するためには、まず最初に状況や現実をじっくりと観察しなければならない。普通の人はさらっと見て、それで「見たつもり」になっているけれど、彼女の目は対象をさまざまな角度から観察している。ビジネスの世界では、「見る力」の重要性はこれまであまり語られてこなかった。言及した経営者といえば、前記の石橋くらいのものだ。だが、「見る力」がなければ、思考することも行動することもできない。観察することの重要性をあらためて肝に銘じるといいのではないだろうか。

4 変わり続ける力

4番目に、彼女が自分の思考法を表すものとして、紹介している言葉がある。それは元CSN&Yにいたロックミュージシャン、ニール・ヤングが言ったこと。

「私は昔からあまり変わらないように思われていますが、折々で冒険しています。外から見て、同じように見えるためには、変化していなくてはなりません。ですから、私はニール・ヤングの『変わり続けるから、変わらずにいられる』という言葉が好きなんです」

確かに「今のままで変わらないようにしよう。今の能力を維持しよう」と考えて仕事をしていたら、時代や環境に後れを取ってしまう。変わり続ける世界のなかで、同じポジションを占めるには、つねに冒険と努力が必要だ。去年と同じレベルの仕事をするのでなく、質も量もアップさせないと、評価されることはない。

さて、ここまで、彼女の考え方の特徴を挙げてきたけれど、インタビューの終わりに、もうひとつ発見したことがある。

ショパン生誕200周年ということもあって、2010年春、ユーミンはポーランドを訪ねた。ショパンについて話していたとき、私がふと、「松任谷さんもショパンを弾くのですか」と尋ねたところ、彼女は「ショパンは子どもの頃、練習しました。今でも、指が覚えている曲がある」と答えた。そこで、「何という曲ですか」と問いかけたところ、彼女は「うーん、タイトルは思いだせないけれど」と呟いて、席を立った。そして、そばに置いてあったグランドピアノに座ると、そのまま腱盤に指を滑らせたのである。

流れてきた曲は、「ノクターン 第二番 変ホ長調」だった。

思い立ったら、すぐに行動する。座って考えるよりも、自分の手で疑問を解決してみる。前記の4つの力だけでなく、彼女はきっぱりとした決断力と行動力を持っている。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(三浦憲治=撮影)
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