結婚するもほどなく離婚し、福岡へ

彼女も東京を離れる時が来た。大阪府出身の男性と結婚したのだ。2011年に長女を出産。大阪府岸和田市に移り、母親と娘3人で、東京ディズニーランドへ旅行したのは、娘が2歳の誕生日を迎える頃だったという。

だが、結婚生活は長くは続かず、数年後に離婚。母親と同じシングルマザーの道を選び、佐川急便に事務職として勤務しながら生きることになる。

「苦労はしていたが、いつも笑顔でイキイキしていた。ただ、お酒が好きで、呂律が回らなくなるまで飲むこともあった」(元夫の友人)

生きていく苦しさを酒で紛らわせていたのだろうか。

約6年前、家族ぐるみで付き合っていた友人に彼女から電話が入る。娘を育てながらの生活は大変だから、母親のいる福岡へ行くというのだ。

母親は快く娘を受け入れてくれたという。住まいは福岡市から少し離れた那珂川市にある2階建ての賃貸住宅。

彼女には歌手とは別にもう一つの夢があった。母親がエステ業界に関わっていたため、彼女も「人を綺麗にすることが好き」だったという。

自宅から歩いて行けるマンションの一室を借り、200万円以上のローンを組み、大阪府にあるエステチェーンのフランチャイズ店を開いたのだ。

だが、思惑通りにはいかず、コロナ蔓延という不幸な事態もあったためか、初期投資が回収できず間もなく店を畳んでしまった。

2020年8月に破産手続きをして、翌年4月には自己破産。

生活を立て直すために彼女が足を向けたのは、九州一の歓楽街・中洲の高級クラブ「S」だった。

寺内容疑者は「突然キレて物を投げたり、どついたり…」

昼間は派遣会社で働き、夜は蝶として舞い、週末は子育て。楽しみは大のファンである中日ドラゴンズの応援と、娘と一緒に通うジムだったという。

娘とおそろいのドラゴンズのユニフォームを着て、仲よくトレーニングする写真が、友人限定のフェイスブックに上げられた。

娘との笑顔の写真。思い出の沖縄にも、たびたび娘を連れて訪れていたそうである。

だが、川野さんが昨年春、中洲のバー「X」で寺内と出会ったことで大きく人生が暗転する。

「茶色の短髪に鋭く切り込んだ細い眉。関西弁を操るアヒル口の男が寺内だった」(文春)

この店は「S」の系列店で、昨年1月に店を辞めていたが、時々ヘルプで店に入ることもあり、「X」のようなバーに遊びに行くこともあったという。

寺内は1991年8月生まれ。大阪市福島区で、父親が働く運輸会社の寮で育った。母親はラウンジで働いていて夜はいない。父親もほとんど家にいなかったそうだ。

そんな寺内は中学進学後に変わってきたという。

「友達の家で突然キレて物を投げたり、どついたりして喧嘩を始める。中学はお弁当だったけど、彼はいつもファミリーマートのおにぎり。部活はしてなかったが、ボクシングを習っていた」(学校関係者)

目が合っただけで殴られた生徒もいた。日に日に暴力沙汰を起こす寺内は、教師にも牙をむいた。