※本稿は、石井光太『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
「オノマトペ」でしか罪を説明できない子供たち
以前、私が少年院で行った十七歳の少年へのインタビューの一部である。
「よくわかんない。あいつ(父)のせいで、頭グリグリになった。グリグリってグリグリ。そしたら、目の前に人がいたんで、バァーってやったんだ。女かどうかは知らねえ。とにかくバァーって。でもあんま覚えてなくて、道を歩いていたら、警察にガッてされてつれていかれた」
果たして何を話しているかわかるだろうか。
少年は重大な事件を起こした時のことを説明しているのだが、細かなところがすべて「グリグリ」とか「バアー」とか「ガッ」といったオノマトペ(擬態語、擬声語)になって何もつたわってこない。
後で少年院の法務教官に聞いたところ、この少年は幼い頃から解体業者を経営する義父の激しい虐待にさらされていたそうだ。中学も行かせてもらえず、義父の会社で働かされていた。
十六歳の時、そのストレスから会社の駐車場に停められた車や、近所の自転車のタイヤをナイフでパンクさせた。義父に気づかれて呼び出されたため、彼は「殺される」と思ってパニックになり、所持していたナイフで前を歩いていた見知らぬ中年女性を切りつけるという凶行に及んだらしい。そうすれば家に帰らなくても済むと考えたのだろう。
だが、いくら彼の話を聞いても、事件の細かなことは何もつたわってこなかった。
少年院で実感した言語力の乏しさ
逮捕後、彼は警察や裁判所で犯行の内容を説明されたはずだし、少年院では犯した罪の振り返りをしているはずだ。それでも彼は適切な言葉で説明することができなかったのである。
これまで私は20カ所近くの少年院・少年刑務所を訪れ、そこに収容されている多数の少年少女にインタビューをしてきた。ここでも彼らの言語力の乏しさは明白だった。
かつての不良少年は、虐待、差別、貧困といったことで家庭や学校に居場所を見つけられなくなった者たちだった。彼らは、暴走族のような不良グループに属すことによって代わりの居場所を手に入れた。そこで現実逃避のためにシンナーを吸ったり、自分の存在証明のために暴力を振るったりすることで、少年院へ送致されたのだ。
だが、現在の少年院に収容されているのは、そうした一時代前の不良とは異なる。様々な要因によって居場所を失うところまでは同じだが、今の子供たちは、不良グループではなく、ネットやアニメなどの二次元の世界に居場所を見出す。すでに見てきたように、その負の側面がひきこもり、ゲーム依存、心身の疾患などだ。