これらは犯罪には当たらないため、保護された後、彼らは少年院ではなく、回復施設へ送られる。現在、全国的に少年院へ送致される子供が激減する一方で、ひきこもりやネット依存からの回復施設の数が急増しているのはその表れといえる。

家庭内暴力、育児放棄、過干渉…

それでも日本社会から非行が消えたわけではない。現在、少年院に収容されているのは、ネットやアニメに居場所をつくることさえ許されなかった者たちだ。

冒頭の少年は、中学へも行かせてもらえずに義父の経営する解体業者で働かされていた。後に見るように、劣悪な家庭環境から逃げだした少女が生きていくために売春をするケースや、反社会的勢力につかまって詐欺に加担させられるケースもある。

なぜ彼らは押しなべて言葉で物事を考える力が弱いのか。長年、奈良少年刑務所で教育専門官を務めた乾井智彦は語る。

「少年たちが言葉を持てない原因の一つは、家庭環境の悪さにあると思います。家庭内暴力、育児放棄、過干渉などにさらされている子が多いのは統計で明らかになっています。実際に子供たちと接していると、統計以上ですね。こうした環境で育つと、子供は何を言っても聞いてもらえないとか、自分の意見を持っても意味がないとして思考そのものを諦めるようになります。少年刑務所に来たばかりの頃、彼らは口癖のように『意味ねえ』とか『くだらない』と言います。諦める以前に、しっかりと現実を見ようとしていない。家庭環境が、彼らをそういう思考にさせてしまっているんです。それでますます言葉で考える力を失っていくのです」

劣悪な家庭で育った子供が8~9割

家庭環境の劣悪さが子供に及ぼす影響は一章で見た通りだ。ただし、一般的な被虐待の子供と比べると、彼らが受けてきた虐待は桁違いに悪質であることが多いため、人格のゆがみも著しい。法務省が少年院にいる少年少女の被虐待率を調べたものが図表1だ。

男子の三人に一人、女子の二人に一人が虐待家庭で育っているとされているが、これは表現力に乏しい子供たちへの調査を元にしたものであり、教育虐待など旧来型の虐待に当てはまらないものは含まれていない。

実際、これまで私がインタビューした数十人の法務教官の大半が、劣悪な家庭環境で育った少年少女は統計以上に多いと口をそろえる。三~五割どころか、八~九割というのが現場の感覚だ。

それがどのように非行に結びつくのか、一つ例を挙げたい。次は、女子少年院に収容された十七歳の少女の体験である。

少女(R華)はなぜ売春をしたのか

R華は母親の顔を覚えていない。物心つく前に、母親が浮気相手と駆け落ちしたため、父親に育てられたのだ。

父親はトラック運転手をして全国を回っており、週の半分以上は家に帰ってこなかった。幼少時代は父親の知人のフィリピン人女性が弁当を届けてくれたが、小学校に上がってからは自分で弁当を買わされた。保育園へは行っておらず、朝から晩までテレビの前で過ごしたという。